「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2018年02月17日

伊佐山紫文149

『人類20万年 遙かなる旅路』
アリス・ロバーツ著 野中香方子訳 文春文庫
 アフリカで誕生した現生人類が南極以外の大陸に放散していく様を、著者は文字通り地を這うように体験して歩く。
 地球各地に広がった現生人類の足取りが、最新のDNA分析や地質年代測定法、そして骨格の形態学によってあきらかにされていく。
 元はBBCのドキュメンタリーだという。
 こっちも是非観てみたい。
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2018年02月17日

伊佐山紫文147

『モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯』
田之倉稔著 平凡社新書
 井形ちづる氏の名著『シューベルトのオペラ』(水曜社)によれば、シューベルトは19のオペラ(舞台音楽)を残している。
 数え方にもよるが、モーツァルトは21だから、シューベルトもオペラ作曲家に数えられてもおかしくない。
 ところがシューベルトの業績の中でも、オペラは、歌曲や交響曲や室内楽よりも一段低く扱われ、どころか、まったく無視されてしまっている。
 かくもモーツァルトとシューベルトを隔ててしまうものは何か?
 それは、一言で言えば、ダ・ポンテその人である。
 考えてもみよ。
 モーツァルトが『フィガロの結婚』を作曲したのが30歳、『ドン・ジョバンニ』が31歳、『コジ・ファン・トゥッテ』が34歳である。
 これらは言うまでもなく、ダ・ポンテの台本による。
 もし、ダ・ポンテがおらず、シューベルトと同じ31歳で死んでいたら、モーツァルトの作曲家としての評価は相当に違ったものになることだろう。
 で、そのダ・ポンテであるが、本書のタイトル「モーツァルトの台本作者」としてしか知られておらず、実際、業績としてはそれだけなのだが、その生涯はムチャクチャに面白い。
 特にアメリカに渡ってから、生活に苦労しながらこの地でイタリアオペラを上演しようと悪戦苦闘する様は滑稽としか言いようがない。
 アメリカ初のオペラハウスの建設に奔走したのもダ・ポンテだし、当然、その運営にも失敗し、借金だけが残る。
 こうして時代錯誤なオペラの夢に生き、89でアメリカに没した。
 墓の正確な場所も分からない。
 本書では、戯曲『フィガロの結婚』の作者ボオマルシェを小物にしたような、ダ・ポンテのアヴァンチュリエぶりが生き生きと描かれる。
 ちなみに最近、岩波は辰野隆訳の文庫『フィガロの結婚』を増刷した。
 この、誤訳と奇怪な日本語に終始し、最後に歌われる歌を割愛したバカ本を決定版とすることに決めたようだ。
 せっかく『セビーリャの理髪師』では鈴木康司氏の清新で正確な訳を採用したのに、今回の『広辞苑』改悪同様、腐りきった書店だと断言せざるを得ない。
 ちなみに『フィガロ』の原作を読むなら、同じ鈴木氏の『新訳 フィガロの結婚―付「フィガロ三部作」について』(大修館書店)を強くお薦めする。
 オペラと比べればダ・ポンテの手際の良さがよく分かる。
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2018年02月08日

伊佐山紫文146

『グレートウォール』平成28年2016年中国、アメリカ
監督チャン・イーモウ 脚本カルロ・バーナード、ダグ・ミロ、トニー・ギルロイ
 万里の長城になぜか西洋人がいて、そこで怪物(論語にも出てくるトウテツ)と戦う気高き兵士たちに感銘をうけ……
 アホらしい与太話だけど、ギミックの作り込みは見事。
 ★★★☆☆

『グレイハウンド』平成29年2017年スペイン
監督アドルフォ・マルティネス・ペリッツ
 題名は内容と何の関係もない。
 アフガニスタンで戦うスペイン兵の「ブラックホーク・ダウン」。
 ★★★☆☆

『はじまりへの旅』平成28年2016年アメリカ
監督・脚本マット・ロス
 キチガイ左翼の父親に洗脳された子供たちと、その父親の再生物語。
 作中で登場する書籍を全て読んでいるという、この私のアホらしさ。
 もし30年前に子供を授かっていたら同じことをしていたかも。
 身につまされます。
 ★★★☆☆

『ファインド・ミー』平成28年2016年イギリス
監督・脚本ザック・ウェドン
 まるでニンゲン観察「モニタリング」。
 アナタの妻がスパイだったら?
 アメリカ映画のハッピーエンドでないところが渋い。
 けれど、色々なところでつじつまが合わず、物語は破綻している。
 ★★★☆☆

『カフェ・ソサエティ』平成28年2016年アメリカ
監督・脚本ウディ・アレン
 1930年代、ハリウッドの黄金時代。
 夢みる青年と現実主義の恋人。
 別れと成長、再会。
 イカしたジャズに乗せたイカした物語。
 ★★★★☆
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2018年02月02日

伊佐山紫文145

『アフターマス』平成28年2016年アメリカ
監督エリオット・レスター 脚本ハビエル・グヨン
 航空機同士の衝突事故。
 事故当時の管制官と遺族の悲しい接触。
 シュワちゃん、老いたけど良い味出してる。
 ★★★☆☆

『残像』平成28年2016年ポーランド
監督アンジェイ・ワイダ
脚本アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ムラルチク
 社会主義社会の愚行を知り尽くしたこの監督の遺作。
 ポーランドの風景が懐かしい。
 ★★★★☆

『君の膵臓をたべたい』平成29年2017年日本
監督月川翔 脚本吉田智子
 可愛い女子高校生の不治の病って、描き尽くされたテーマ。
 なのに、不覚にも涙、涙。
 ★★★★☆

『エイリアン:コヴェナント』平成29年2017年アメリカ
監督リドリー・スコット 脚本ジョン・ローガン、ダンテ・ハーパー
 起源への遡行はもうエエって。
 初期の純粋なグロさにそろそろ遡行して欲しい。
 ★★★☆☆

『ヒトラーへの285枚の葉書』平成28年2016年ドイツ、フランス、イギリス
監督ヴァンサン・ペレーズ 脚本ヴァンサン・ペレーズ、アヒム・フォン・ボリエス
 ナチ体制下、手書きの反体制葉書をあちこちに置いて回る。
 捜査は進む。
 けっこうスリリングで面白かったけど、なんで英語?
 ★★★☆☆

『ベイビー・ドライバー』平成29年2017年アメリカ
監督・脚本エドガー・ライト
 銀行強盗の後、パトカーを振り払って突っ走る、走る、走る!
 カーアクションだけかと思いきや、けっこう深い。
 いったん悪に染まると足を洗うのは難しいんだよ。
 ★★★★☆
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2018年01月31日

伊佐山紫文144

 昨日『侍祭2018』にて「平和の新地」の上演、無事に終わりました。
 観に来て頂いた皆さま、応援して下さった皆さま、そして出て頂いたキャストの皆さま、陰で支えて下さったスタッフの皆さま、本当に有り難うございました。
 自分が出たわけでもないのに、昨日はヘトヘトに疲れ、打ち上げの席でも酒は全く回らず、ほとんどシラフで帰って参りました。
 昨日の舞台挨拶で言い忘れた、ちょっと良い文句。
「音楽に国境はない。けれど、歌手には祖国がある」
 日本人の歌手が、日本語で、日本文化に根ざした歌を歌う。
 それを外国人にも聞いてもらう。
 夙川座は、これからも、そんな活動を続けて参ります。

  
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2018年01月30日

伊佐山紫文143

 先日の公演「平和の新地」のビデオ録画をオーサリングした検証盤DVDが届き、観てみました。
 手持ちカメラ故の手ぶれは気になりますが、素晴らしい出来です。
 私がこれまで作成したDVD作品の中でも、否、全ての作品の中でも最高の出来です。
 何より、短い。
 たった30分でここまでやるのか。
 やれるものなのか。
 音楽の力の恐ろしさ。
 我が作品ながら感動してしまいました。
 これからの人生、これ以上の作品を作れるのか、という恐怖すら感じます。
 今年はこれをツールに営業し、何とか結果を出したいものです。
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2018年01月28日

伊佐山紫文142

『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』
アントニオ・R・ダマシオ著 田中三彦訳 ちくま学芸文庫
 デカルトは心身二元論を説いたと言われる。
 心を理性と情動とに分け、理性は、身体に由来する情動とは別のものだとした。
 どのような感情を抱いていようが、1+1=2という結論と、この真理を認識する理性は揺らがない。
 親の葬儀の日であろうが、結婚式当日であろうが、真理とそれを認識する理性は不変である。
 本当にそうか?
 と、著者は豊富な神経病理学の症例を下に、心身二元論、すなわち、理性と情動は別物だとするデカルトの説を打ち崩す。
 たとえば脳を損傷し正常な情動を失った患者は理性的な行動をとれなくなる。
 これを証明するためのゲームとその結果には、アッと驚くより、ゾッとする。
 なぜそこまでしてデカルトの心身二元論を糺さなければならないのか?
 デカルトは他にも、今日から見れば色々変なことを言ってるのに。
 それについては巻末の「補遺」が分かりやすく、まずはここから読むべきだろう。
 なぜ「心」の医学の発達が遅れたのか、著者の問題意識と共に知ることが出来る。
 確かにデカルトは心身二元論では間違った。
 けれど、複雑な問題を部分に分け、そこで仮説をたて検証し続ける、仮説検証系という「方法」については未だにデカルトは生き生きと生きている。
 本書はその誇らしい実例の一つである。
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2018年01月23日

伊佐山紫文140

『コードネーム:ストラットン』平成28年2016年イギリス
 監督サイモン・ウェスト
 スパイものがお好きな方にお薦め。
 ★★★★☆

『パトリオット・デイ』平成28年2016年アメリカ
 監督ピーター・バーグ
 脚本ピーター・バーグ、マット・クック、ジョシュア・ゼトゥマー
 事実に基づいた、けっこうシビアな内容。
 ★★★★☆
『サバイバルファミリー』平成29年2017年日本
 監督・脚本矢口史靖
 電気関係が地球規模でストップ。
 実際にはもっと悲劇がおきるんだろうけど。
 コーマック・マッカーシー『ロード』の明るい版。
 ★★★★☆

『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』平成29年2017年アメリカ
 監督ヨアヒム・ローニング、エスペン・サンドベリ 脚本ジェフ・ナサンソン
 相変わらずけたたましく、楽しい。
 ★★★★☆

『ハルチカ』平成29年2017年日本
 監督市井昌秀 脚本市井昌秀、山浦雅大
 高校ブラスバンド部の再生物語。
 青春って良いっす。
 ★★★☆☆

『ライフ』平成29年2017年アメリカ
 監督ダニエル・エスピノーサ 脚本レット・リース、ポール・ワーニック
 火星で採取した生命体が国際宇宙ステーション内で怪物に!
 エイリアンほど怖くはない。
 オチがそりゃないだろうと★一つ減点。
 ★★★☆☆

『海底47m』平成28年2016年アメリカ
 監督・脚本ヨハネス・ロバーツ
 サメ観察のゲージが海底へ墜落。
 取り残された女の子二人の悪戦苦闘。
これもオチが今ひとつで★一つ減点。
 ★★★☆☆
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2018年01月23日

伊佐山紫文140

『コードネーム:ストラットン』平成28年2016年イギリス
 監督サイモン・ウェスト
 スパイものがお好きな方にお薦め。
 ★★★★☆

『パトリオット・デイ』平成28年2016年アメリカ
 監督ピーター・バーグ
 脚本ピーター・バーグ、マット・クック、ジョシュア・ゼトゥマー
 事実に基づいた、けっこうシビアな内容。
 ★★★★☆
『サバイバルファミリー』平成29年2017年日本
 監督・脚本矢口史靖
 電気関係が地球規模でストップ。
 実際にはもっと悲劇がおきるんだろうけど。
 コーマック・マッカーシー『ロード』の明るい版。
 ★★★★☆

『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』平成29年2017年アメリカ
 監督ヨアヒム・ローニング、エスペン・サンドベリ 脚本ジェフ・ナサンソン
 相変わらずけたたましく、楽しい。
 ★★★★☆

『ハルチカ』平成29年2017年日本
 監督市井昌秀 脚本市井昌秀、山浦雅大
 高校ブラスバンド部の再生物語。
 青春って良いっす。
 ★★★☆☆

『ライフ』平成29年2017年アメリカ
 監督ダニエル・エスピノーサ 脚本レット・リース、ポール・ワーニック
 火星で採取した生命体が国際宇宙ステーション内で怪物に!
 エイリアンほど怖くはない。
 オチがそりゃないだろうと★一つ減点。
 ★★★☆☆

『海底47m』平成28年2016年アメリカ
 監督・脚本ヨハネス・ロバーツ
 サメ観察のゲージが海底へ墜落。
 取り残された女の子二人の悪戦苦闘。
これもオチが今ひとつで★一つ減点。
 ★★★☆☆
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2018年01月22日

伊佐山紫文139

「侍祭2018」(今月27日)に出品する音楽劇『平和の新地』のフィナーレ「平和の鐘を打ち鳴らせ」はモーツァルト『フィガロの結婚』の第4幕終景の、あの有名なフィナーレを用いています。
 伯爵と伯爵夫人の緩やかな和解にはじまるアンダンテから、アレグロアッサイの行進曲への切り替えが実に鮮やかな、本当にモーツァルトらしい名曲です。
 今回着けた歌詞は、アウフタクトのアンダンテで平和の訪れをしっとりと歌い上げ、その喜びを皆で味わい鐘を打ち鳴らしながら行進するという内容になっています。
 そして後奏の下降ゼクエンツに乗って行進の鐘の音は遠ざかって行き(ドップラー効果)、最後に心の中にひときわ高く鐘が鳴り、終演を迎えます。
 時代設定は元禄時代。
 町人文化が花開いた時代です。
 徳川幕府が開かれ、戦乱の世に終止符が打たれると、上から下まで、一斉に新田開発に乗り出します。
 それまでは、一生懸命開拓しても、ひとたび戦地になってしまえば全てが無駄になってしまいます。
 食料の限られた時代、無駄なことはすぐに餓死につながります。
「平和」というのは観念ではなく、豊かさの基礎なのです。
 そしてひとたび平和が訪れたとき、人々の解放されたエネルギーは未来への投資へと向けられます。
 平和の中で解放された人々のエネルギーが新田と、そして新しい文化を生み出しました。
 今回は、そんな時代の、ちょっとした諍いと、和解と、平和への賛歌を描きました。
「侍祭2018」出品の『平和の新地』どうか、是非、ご覧下さい。

日本殺陣道協会主催イベント「侍祭 2018」に参加します。
1月27日(土)大阪市営地下鉄住之江公園駅すぐ、複合商業施設「オスカードリーム」内のオスカーホールにて、14時から16時過ぎまで。
夙川座の出演は15時45分頃から30分間程度です。
是非14時からお越し頂き、他団体の演目もお楽しみ下さい。
夙川座の演し物は、音楽劇『平和の新地』。
主にモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』の音楽を用いた、楽しい音楽劇です。
前回に続き地唄も入り、しかも、なんと、本物の殺陣が目の前で見られます。
そして圧巻のフィナーレ!
夙川座音楽劇のエッセンスをギュッと絞り、地唄や殺陣も入った濃い30分!
外国人観光客を意識した作りですが、もちろん日本人にも楽しめる内容です。
入場無料ですので、皆さまお誘い合わせの上、是非、是非、お越し下さい。
絶対に後悔はさせません!
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2018年01月22日

伊佐山紫文138

 パソコンの調子が良くない。
 と言うか、古いので今のネット環境について行けてない。
 だからネットサーフィンもしなくなった。
 思えば、これからはインターネットだ、と自作のホームページを開いたのが15年くらい前、ソフトで作り、HTMLで補作してなんとかやっていた。
 ブログが流行りだして、その流れに乗ってパワーブロガーと呼ばれたりもした。
 これは本にしたら売れるぞと、勘違いして本も出した。
 もちろん売れなかった。
 タダなら読んでも、金は出さないものなんだよ、人は。
 そういう世知辛い学びを続けてきた半世紀ではあったわけで、それでも人の気持ちというか、心というか、そういうものを信じる姿勢は捨てられない。
 先日も、夙川座に出演して貰っているソプラノ歌手のリサイタルに行って、リサイタルの内容そのものももちろんだけれど、ご両親やスタッフの立ち居振る舞いに感動した。
 席を探している人がいれば、ここが空いていますよ、と案内し、知人がくれば挨拶し、皆がこの歌手を支えようとしているんだという気持ちがビシバシと伝わってくる。
 本当に気持ちの良いリサイタルだった。
 ネットももちろん大切にしていかなければならないけれど、やっぱりナマの、ライブの、人間関係こそ大事だなと思った。
 あ、ネットも続けますよ、もちろん。
 今のところ、これしか発信源はないし。
  
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2018年01月19日

伊佐山紫文137

 17日の朝刊は「来阪訪日客 消費1.1兆円」などと、さもさも大阪のインバウンドが日本経済の牽引車になるかのような書き方をしている。
 確かに大阪のインバウンドの伸びは凄まじく、期待をよせるのも理解できる。
 しかし一方では「情けない」と思う。
 大阪府の府内総生産は「名目」「実質」共に40兆円近いんだぞ。
 だったら、年間2%成長するだけで、8千億円伸びるわけである。
 これを何年か繰り返せば、インバウンドに頼る経済からは脱却できる。
 もちろん、年間2%の経済成長など、今のデフレ下の経済状況では夢のまた夢ではあるが。
 だったら、と言う話、民間に需要がない(総需要不足=デフレ)なら、公共事業をやれば良いのだ。
 金を借りて(国債発行)。
 好況になれば、税収は伸びる。
 そしたらすぐに返せる(国債償還)。
 国の借金一人頭いくらなどというのは全てデタラメだ。
 借りているのは政府、貸しているのは国民なのだから、国全体で見れば「借金(負債)」など存在しない。
 逆に低金利の今こそ、金を借りて公共事業をやるべきなのだ。
 もちろん、こんなこと、無理を承知で言っている。
 今のこの、世に蔓延する、公共事業を削るのが善という狂った雰囲気の中では、絶対に無理だろう。
 デフレ脱却のために公共事業をやれ、などと真っ当なことを言う政治家は選挙に勝てない。
「身を切る改革」だの「無駄の削減」だのの幼稚なレトリックを、経済状況も考えず連呼できる連中しか選挙には通らない。
 ある意味、今の日本の経済状況は国民自らが選んだ自業自得である。
 考えて欲しい、デフレ下で、もし公共事業など公共セクターの永続的な事業が期待できなければ、企業も個人も投資や消費を控え、節約や無駄の削減に走るようになるのは当然ではないか。
 個々の個人や企業にとって、それは正しい行動である。
 しかし、全体経済にとっては大打撃である。
 誰かが節約すれば、当然誰かの売り上げが減り、所得や消費が減るのだから税収も減り、公共事業は減り、個人も消費をさらに控えて売り上げも減り、と、このような悪循環(デフレスパイラル)の下、経済はさらに縮み、状況は悪化していく。
 このままでは日本は沈んで行くしかない。
 それでは一緒に沈むか、と言われれば、断固としてノー!
 何とか、今のこの状況下で成長しているセクターに身を置きたいと思う。
 そのセクターの成長力にあやかりたい。
 と言うわけで、やっぱり急成長中のインバウンドしかないわけで、夙川座は今年は大阪でインバウンドに力を入れる年になりそうです。
 それでも、一方では、これって根本的に間違ってるよな、という思いを捨てたくはない。
 本当はみんなで豊かになっていくべきなのだ。
 でもそれを待って座して死を待つわけにはいかないから、とりあえず足掻き続けます。
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2018年01月18日

伊佐山紫文136

 パソコンの調子がおかしいので、再起動してみた。
 管理画面への案内が出たあと、画面が白くなり、ビービービーという音が鳴り出して、どうしようもない。
 電源を切って、さらに入れると、また同じ症状。
 仕方なく、サービスセンターにコール!
 ビービーを聞いて貰った。
「それは、ビープ音と言いまして、キーボードの上に何か置いてあったりすると鳴るんです」
「何も置いてませんけど」
「オカシイですねぇ。もう一度電源を切って……」
 あ……と気づいた。
 外付けのキーボードを付けて、そこらにほったらかしたまま再起動してしまったのだった。
 逆さまに置いたものだから、どこかのキーが下にあるものに圧迫されたのだろう。
 しかし、これは恥ずかしい。
 言えない。
 外付けキーボードをそっと外し、電源を入れ、
「あ、起動しました! 大丈夫です!」
「そうですか。また症状が起きたらご連絡下さい。○○が承りました」
 ふ~アブネ~
 また恥ずかしい年寄りを演じてしまうところだった。
 いや、演じてないか。
 恥ずかしい年寄り(天然)です。
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2018年01月17日

伊佐山紫文135

 平成7年(1995年)1月17日、兵庫県西宮市で阪神・淡路大震災の直撃を受けた。
 前日まで帰省していた日田で風邪を引き、熱をおして博多で飛行機に乗り、到着は伊丹空港、阪急伊丹駅から電車に乗って仁川に帰ってきた。
 阪急伊丹駅はその後倒壊、仁川へと向かう宝塚線の線路の上には新幹線の架橋が落ちた。
 私の住んでいた田近野町の隣は段上町、西宮で最も死者の出た地域のひとつである。
 当日の朝、私はいつものように5時半に起床し、それでも熱があったので、テレビもつけたまま、一旦布団にもどった。
 そこで5時46分のあの揺れである。
 最初の揺れはそれほどでもなかった。
「大丈夫」と、隣に寝ていた妻に声をかけたくらい。
 けれど、間髪を置かずにやってきたジェットコースターのような揺れには言葉をなくし、布団の中に丸くなった。
 妻が悲鳴を上げ、布団の上に本棚が倒れてきた。
 揺れがおさまり、せーの、で本棚を元に戻した。
 本がバラバラと布団の上に落ちた。
 窓の外で話し声がする。
 見れば、何人もの人影が歩んでいる。
「きっとカーラジオを聞きにでたんや。状況聞いてみて」
 私は風邪を引いて喉が潰れていたので、妻に聞いて貰った。
「何か情報ありませんか?」
「震源淡路島! 震度6!」
 暗闇の中うずくまっていると、次第に空が白んできた。
 ヴァチッという音と共に電気が復旧し、テレビがついた。
 ブラウン管を下に転けていたテレビを台に戻すと……倒れた高速道、液状化した六甲アイランド、長田の火事……
 以後、何度も何度も眺めることになる映像が、ナマで次々と流れていたのだった。
 もともと散らかっていた部屋は足の踏み場もない惨状で、それは台所も寝室も書斎も同じ。
 ただ一つ無事だった本棚は、「世界文学全集」が筑摩書房と集英社と二揃え入ったもので、揺れの向きなど、さまざまな要因はあるだろうが、後になって、その写真を人に見せ、
「やはり、世界文学は安定感が違う」などと冗談を言ったものである。
 ちなみに中公の「日本の文学」80巻は本棚ごと崩壊した。
 これも写真に撮って人に見せ、
「震災は「日本の文学」を枠組みごと破壊した」などと言ったものである。
 これから十数年後、三歳の息子が、息子には煉瓦にしか見えない中公版『哲学の歴史』全十三巻を使って「きかんしゃトーマス」のレールを敷いたとき、
「哲学の歴史を基礎に化石燃料による産業革命が花開いた」などと、撮った写真にキャプションを添えたりした。
 話を震災に戻せば、とにかく当時「防災」などという観念は皆無である。
 特に関西は地震のない地域だと言われてもいた。
 だから何の備えもない。
 ガスも電気もすぐに復旧したから、水もじき出るだろうと、貴重なトイレの水もその朝に使い切ってしまった。
 このあと数ヶ月の断水が待っているというのに。
 職場に行くという妻を何とか押しとどめ、二人でテレビを見ながら部屋を片付ける。
 あれもいらない、これもいらない、と惚けたような、興奮したような断捨離である。
 たった今、家を出て、自分たちにも何か出来ることがあるかも知れない、などという発想もまた皆無である。
 この年がボランティア元年と言われたように、それまで災害ボランティアという発想自体がなかったのだ。
 言葉としてはもちろんあったが、それは限りなく自己満足に近いもので、有効な戦力とは考えられていなかった。
 うちのほんの近所、段上町では、いや、田近野でも、その時、住民自身による懸命の捜索・救助活動が行われていたというのに、私たちがしていたことと言えばチマチマと部屋の片付けである。
 数日経って被害の全容が明らかになるにつれ、近所でも多くの方がなくなったことを知り、猛烈な自責の念に駆られた。
 そして、今からでも何か出来るはずだと、呼ばれれば東京にまで行って講演した。
「とにかく被災地に来て現状を見て下さい。将来の東京を心配するより、今の被災地を何とかして下さい」
 と。
 初めて聞く「被災者」の生の声は圧倒的だったらしく、ボランティア志願者が何人も出た。
 しばらくして、家の横の道を自転車で走っていると、再開した学校で習ったのか、子供たちが下校の春風の中、中島みゆきの『時代』を唄いながら歩んでいた。   
 私は小学生の長い列の脇に自転車を止めて立ち尽くし、泣いた。
 この震災という経験をこの子たちが笑って話せる日が来るんだろうか、と、私は本気で嗚咽した。
 もうあの時の私と同じ、30過ぎの大人になっただろう、あの子たち、笑顔で震災体験を語れているだろうか。
 震災のあと、みんな些細なことで泣いた。
 人の話を聞いて泣き、自分で語って自分で泣き、憤って泣き、喜んで泣き、何も出来ない悔しさに泣き、そして生き延びた後ろめたさに泣き、それでもこの今を生きている喜びを微笑みあった。
 街の道端のそこここで、
「○○さん、あなた生きてたの! 良かったね!」
 と、普段なら滅多にないような挨拶が聞かれ、ひとしきり語り合い、泣き合ったあとで、
「がんばろう」
 と笑顔で声を掛け合って別れるのだった。
 人間の、日本人の、最も美しい瞬間に何度も立ち会えたこと、それは私の生涯の誇りである。
『時代』の歌詞をここに揚げるのはJASRACが恐ろしくて不可能なので、震災20周年の気持ちも込めて作った私自身の『日本レクイエム』を張り付ける。
 合掌。

「日本レクイエム」
 『初め』

  君は今 眠りに落ちて
  大いなる 初めに帰る
  ああ! 君は 初めに帰る

  幼き日 時の熟しに
  身をゆだね ただ走りゆく
  大いなる 時の熟しよ

  ふと聞けば 風のそよぎに
  神わびて その声のする
  そこにいる そこにある君

  我もまた 初めに帰り
  大いなる 眠りに落ちん
  ああ! 我も 初めに帰る
  ああ! 君と 初めに帰る
  大いなる 時の熟しと

 『雲』

  数尽きぬ 想い出は
  心より 溢れ出ぬ

  いざさらば 白き雲
  青空に 消えゆきぬ

  地の底の 同胞(はらから)も
  仰ぎ見よ 白き雲

  我もまた 去りゆく身
  雲送り ただ涙

  数尽きぬ 想い出に
  雲送り 一人佇む

 
 『幸』

  古(いにしえ)の 悲し調べに
  人泣きぬ ただ人泣きぬ

  現世(うつしよ)の 悲しさだめに
  人泣きぬ ただ人泣きぬ

  泣きてあれ 悲しみの子よ
  今日はただ 悲しみの日ぞ

  そしてまた この世の幸を
  汲みつつも 在りし日の幸
  忘れじや いつの世までも
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2018年01月16日

伊佐山紫文134

 昨日、神戸方面に年始参りに行って来ました。
 ギリギリ松の内です。
 皆さんお元気そうで何よりです。
 一人、体調を崩された方もいましたが、週末には復活するだろうということです。
 とにかく元気がいちばんです。
 神戸三宮から元町へ、JRで住吉まで戻り、歩いて阪急岡本まで。
 休館だと知らずに白鶴美術館まで歩いたのはご愛敬。
 大阪湾を一望して降りてきました。
 それなりの仕事始めですね。
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2018年01月16日

伊佐山紫文133

『フリー・ファイヤー』平成28年イギリス・フランス
監督ベン・ウィートリー 脚本エイミー・ジャンプ、ベン・ウィートリー
 二組のギャングが銃の取引で廃工場へ。
 で、下らないことで話はこじれ撃ち合いへ。
 弾は当たるがなかなか死なない。
 謎の狙撃手も現れて、何が何やら。
 死んだと思っていた男もなぜか生き返る。
 内容はスカスカだが、無駄に面白い。
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2018年01月14日

伊佐山紫文132

 作務衣のお尻が裂けたので補修できないか、服のリフォーム店に持ち込んでみた。
 その見積もりが4千円!
 5千円の作務衣にそれはないだろうということで、諦めた。
 昔はちゃんと店舗で買っていたから、こんなに早く裂けるようなシロモノには出会わなかったが、通販は本当に当たり外れが酷い。
 10年くらい前まで、京都には行きつけの作務衣専門店があった。
 そこの久留米絣の作務衣やシャツが気に入っていて、妻には「京都の大坂屋で、東京の会社が売り出してる中国製の久留米絣の作務衣を買ってきた」などと言っていたものだ。
 ここが店を閉めてから、船場の作務衣専門店で買ってみたが、これが酷いシロモノで、こんなものを売りつけるような店には行かないと決めた。
 船場と言えば、夙川座を始めた頃、みんなで本町の練習室まで歩いていて、ミアちゃん(帰国子女で、浅川社長の生徒さん。何度か舞台にも出て貰った)に、
「船場汁って知ってる?」と聞いてみた。
「知ってますよ!」
「若いのに良く知ってたね」
「折り鶴を千羽集めた、あれでしょ」
 そこにいた全員が、
「それは千羽鶴!」
 と、ツッコミを入れたのは言うまでもない。
 あれからまだ3年か、もう3年か。
 ちなみに船場汁とは、鯖のアラと大根だけのシンプルな椀物。
 船場で働く丁稚たちの主食だったと言われ、オカズと汁物を兼ねた、なかなか侮れない逸品です。
 今では、店で出されるときは、野菜も身も入れて、けっこう具沢山のことが多い。
 どこが船場汁なんだと思う。
 作務衣専門店といい、船場汁といい、質素で良いものがドンドン姿を消すなぁ。
 ちなみにこのワープロ「せんばじる」と打ち込むと「千バジル」と変換する。
 なんか、そんな料理ありそうだが「船場汁」とは、ほど遠そうだ。
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2018年01月12日

伊佐山紫文131

 近所の業務スーパーでカードが使えるようになった。
 小銭とカードしか持ち歩かないので、これはとても助かる。
 で、気づいたことがある。
 ショッピング枠がおそらく一千万はあるだろうような色のアメックスで支払いをしている人がいる。
 で、膨大な量の野菜やトマト缶や格安の手羽元。
 おそらく手羽元のシチューを作るのだろう。
 手作りだし、市販のルーを使うよりは体に良いかもしれない。
 しかし、それでも、格安のトマト缶はマズイと思う。
 イタリアで缶詰すればEU的にはイタリア産になるのだが、格安缶の中身はほとんど、と言うか、全部、中国産のトマトである。
 ヨーロッパでは禁止されている農薬が検出されて、禁輸になったのは何年前だったか。
 とにかく、検出され禁輸されてから買うのを止めても遅い。
 コープのイタリア産トマト缶はそれでも信用していたのだが、最近ちょっとした事件があって、疑ってかかるようになった。
 先日、買ってきたコープのアメリカ産ミックスベジタブルに、ハムシのような甲虫が混入していたのである。
 背中は見たことのない模様だが、全体の特徴からハムシに間違いない。
 ハムシは貯蔵穀物につくこともある害虫なので、一匹で済むはずはないと、さっそくコープの知人に知らせた。
 おそらく外国の虫だから、早急に調査した方がいい、と。
 で、調査の結果、やはりアメリカのコロラドハムシという害虫で、貯蔵グリーンピースから混入したのだろう、と。
 で、委細は商売の邪魔になるだろうから書かないが、とにかくアメリカ側の品質管理のずさんさにコープ側もあきれたという。
 いやいや、そんなことも知らずにアメリカと取引してたのですか、あなたたちは、とこっちがあきれてしまいますよ。
 とにかくいちばん信用できるのは国産ですよ、間違いなく。
 イタリア産のトマト缶なんか一度問題を起こしているのだし、なんぼ格安でも買う気はしない。
 国産のトマトピューレと数百円しか違わないんだし。
 レジに並びながら身なりを見ても、いかにも金持ち感漂わせてるのに、なんで?
 前にも同じような限度額一千万のカードで、妙な合成醤油、原材料の欄に10種類以上のカタカナが並ぶような「醤油」を買っていった人もいた。
 なんで?
 と思う。
 本醸造の有機国産丸大豆醤油を買っても、これも数百円の違いなのに。
 で、ハタと思った。
 そういうところに金を使わず、日々節約しているからお金持ちになれたのではないか、と。
 で、金持ちになった今となっても、節約のくせが抜けないのではないか、と。
 これは良い仮説。
 あんまり良くない仮説。
 工場で働く住み込みの外国人労働者の夕食を安くあげようとしている。
 そもそも量がハンパないし。
 で、自分らは他で買った国産の有機農産物を食べている、と。
 この方が可能性高いかな。
 ちなみに私が業務スーパーで買うものは、鮮魚や水、米麹くらい。
 産地偽装をやった企業は基本的に信用ならん。
 米麹は、昔は京都の錦まで買いに行ったものだったが、今となっては高すぎる。
 ほぼ同量が、錦だと2000円、業務スーパーでは459円。
 味は確かに全く違うけれど、甘酒、どぶろく、西京味噌と、麹の使用量が増えてくると、そうも言ってられない。
 こちらは仕方なくの業務スーパー。
 ほぼ週二のペースで仕方なく利用させて貰ってます。
   
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2018年01月11日

伊佐山紫文130

『東京喰種 トーキョーグール』平成29年2017年日本
監督萩原健太郎 脚本楠野一郎
 人しか食えないバケモノ「グール」。
 ただし外見も知能も感性も愛情も人と変わらない。
 で、このグールから臓器移植を受けたため、一般人がグールと化してしまう。
「人食いてぇ~」
 みたいな。
 で、グール同士は群れ、助け合って生きているのだが、グールを狩る国家機関も当然存在し、この両者の間でけっこう派手なCGアクション。
 シリーズ化するんでしょうね。

 実は昨日(10日)早朝、トイレに起き上がったら猛烈な寒気・悪寒!
 歯の根も合わない状態になって、しばらく布団の中で震えていた。
 何とか寒気も治まってきたので近くの内科へ。
 インフルかも知れないのでと隔離され、待つこと1時間半、検査の結果は白。
 普通の風邪みたいです。
 喉の痛みと鼻水は出るものの、今はすっかり元気です。
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2018年01月11日

伊佐山紫文129

 息子の学校がはじまり、一人の時間、踏み台昇降をしながらのビデオ鑑賞を再開した。
 今年の1本目は、
『ラスト・フェイス』アメリカ(制作年不明)監督ショーン・ペン 脚本エリン・ディグナム
 南スーダンの内戦下、懸命に犠牲者の治療に当たるヨーロッパの医師たち。
 そこには濃厚な愛もあって、なんでこんなところでと思うけれど、こんなところだからこそ、自分の遺伝子を残すべく濃厚に努力しなきゃ。
 おそらく日本では劇場未公開の佳作。
 2本目は、
『ちょっと今から仕事やめてくる』平成29年2017年日本 監督成島出 脚本多和田久美、成島出
 ブラック企業だと思ったら、一刻も早く辞めなきゃって話。
 私もブラック企業に勤めてたことがあるが、労働組合を作ろうとした途端、クビになった。
 まあ、その時は、基本、清々したというのが本音で、あんなところにしがみついていたら今の私はない(今の私の人生が良いのかどうかは、また別問題として)。
 私にクビを告げに来た部長も、
「キミはこんなところにいて良い人間じゃない」
 と言って送り出してくれた。
 この人は京大全共闘の委員長をしていたことがあり、酒を飲んでも妙に馬が合ったものだ。
 その後、この人とは意外なところで再会したが、もう認知症が進んでいて、まともな会話は出来なかった。
 この一本、ちょっと無理な設定ではあるけれど、構成も工夫されていて、ビデオでなら見る価値はあります。
 3本目、
『ダンケルク』平成29年2017年アメリカ 監督・脚本クリストファー・ノーラン 
 まだドイツが圧倒的に優位だった第二次大戦の緒戦、フランス北部の港町ダンケルクに取り残された英兵・仏兵40万の救出劇。
 誰が主役というわけでもなく、英雄もいない。
 ただ、逃げる。
 逃げるのを助ける。
 無意味な死に溢れた戦場。
 これも構成に工夫が見られ、平板なストーリーに厚みを持たせようとしている。
 しかし努力は分かるが、どこか薄い。

 
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プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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