「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2017年08月20日

伊佐山紫文32

 大学院を辞め、不動産鑑定士の補助者として働き出した夏、あれはもう30年以上前、松山郊外の水田で私はマツモムシを眺めていた。
 マツモムシというのは水中半翅目(水の中のカメムシ)に属する昆虫で、英名をbackswimmer背泳するもの、と言うくらい、裏返って泳いでいる。
 そいつらが水面と水底を行き来するのを眺めながら、私は「こいつらともお別れだな」と感慨を深くした。
 それまでの私はずっと、理系の子として、理系の何かに成るべく、そのような将来像を抱いて生きて来た。
 祖母や親戚からは「医者になれ」と言われ続け、けれど人の生命を直接預かる職業に就くような覚悟も無く、隣接する生物学を選んだ。
 生物学の中でも、生態学という、もっとも社会との接点のある分野である。
 この時点で、誰がかが気付くべきだった。
「お前は理系じゃない」と。
 実際、高校の頃から、理系の科目に関心が持てなくなっていた。
 高得点なのは常に国語と社会である。
 だいたい、模試で国語と社会の学年一位をキープしている男が理系にいるのがおかしい。
 それなのに「文系の医者はいないが、医者の文学者はゴロゴロいる」などとうそぶいて生物学を志すなど、何かが捻れている。
 で、その捻れは大学時代に噴出した。
 私は時代遅れの学生運動に、遅れてきた青年として参加した。
 どこに行っても最年少、ちやほやされ、舞い上がった。
 自分が如何に危険なところにいるか、気付くこともなく、深入りした。
 そして気付いたときにはもう遅く、大学院を辞めることになった。
 別に辞める必要も無かったとは思うけれど、当時の自分の気持ちとしては、けじめをつけるような感じだったのかもしれない。
 その大学院を辞めた夏、マツモムシを眺めながら、これからは理系じゃない、何者かとして生きて行こうと思った。
 マツモムシの田んぼは、裁判所での競売が始まっていた。
 私たちは、田んぼではなく、自宅の競売を告げに来ていた。
 事実を告げられた老婆は狼狽え「田んぼはどうですか、うらの田んぼは?」と聞いた。
 田んぼの競売が始まっていることなど、とうに知っていると思っていた。
 けれど私たちは「田んぼのことは聞いていません」と答えた。
 老婆は安堵の表情を浮かべ、私たちを田んぼへと案内した。
 そして長男が騙されて他人の保証人となったこと、そしてこの田んぼがいかに良い田んぼであるか、自分がどうやってこれを守ってきたのか、私たちを案内しながら訥々と語るのだった。
 その田んぼではマツモムシが水面と水底を行き来していた。
 ああ、自分はこれからどうなっていくのだろう、と、老婆の話を聞きながら思った。
 もう30年以上も前の話である。
  
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プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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