「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2017年12月30日

伊佐山紫文112

 昨日は「侍祭2018」(来年1月27日)に出品予定の「平和の新地」の練習と衣装合わせでした。
 出演者の皆さんの歌が素晴らしいのはもちろんですが、それにも増して、今回の衣装!
 気合いの入り方がハンパじゃありません。
 私など、洋装にも和装にも真っ暗で、このテンションの高さにただ恐れ入り、オロオロとうろつき回るばかりです。
「伊佐山さん、まるで花嫁の父みたいですよ」
「やることないしね。ただ心配でウロウロするしか」
 実際、年齢的にはまさに娘の、女声の皆さんの艶姿には見とれるしかありません。
 もちろん男声二人の和装も凛々しいし、出演者全員がずらりと並ぶフィナーレは圧巻でしょう。
 昨日は練習前に国民文化祭出品予定の脚本の第一稿も仕上がり、実質上の仕事納めとなりました。
 なんともはや……
 今年はこの25年で最も仕事をした年になりました。
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2017年12月29日

伊佐山紫文111

 画廊喫茶「ムンク」を開くとき、父は博多の喫茶店をはしごして、コーヒー豆の仕入れ先、その種類も吟味していたという。
 確かに、父の残した豆は超一流で、これで淹れたコーヒーを母の入院していた病院に差し入れで持って行くと、病室中が清涼な香りに包まれたものだった。
「何というか、口からスーッと、爽やかになります」
 看護婦さんの間で、私は、コーヒーを運ぶ孝行息子みたいな評価を受けていた。
 その父だが、父自身がコーヒーを飲んでいるのを見たことがない。
 これはおそらくだが、おそらく、中年になってカフェインを受け付けない身体になったのではないかと思う。
 私自身がそうだから。
 四十過ぎたあたりから、カフェインが全くダメになった。
 カフェインを摂ると、脳が痺れる。
 興奮し、不安になり、眠れなくなって酒量が増える。
 おそらく父もそうだったのではないかと思う。
 もう一つ、これも体質の遺伝かも知れないと思い当たることがある。
 私は昔から酷く酔うと別人格が現れるらしく、妻はこれを「酔次郎」と呼んでいる。
 酔次郎が出ると、妻はひとしきり、酔次郎の昨夜の愚行を説くのだが、これはまさしく江戸川柳の、
「女房はゆうべのクダを巻き戻し」
 を地でいく事態で、昔から酔っ払いの姿は変わらぬもんだと開き直るしかない。
 父は大酒飲みだったが、そいういう、人格が変わるようなことはほとんどなかった。
 饒舌になって若い頃の武勇伝を延々と披露するくらいで、酔次郎が出るようなことはなかった。
 いや、時々あった。
 様子が変だなと思うとき、父は必ず洋酒を飲んでいた。
 とくに親友が愛飲していたウイスキー「オールド・パー」を飲んだとき、かなりの高頻度で人格が変化していた。
 と言うか、オカシイと感じ、聞けば、「オールド・パー」を飲んだと答えるのだった。
 で、なんで、こんなことを思い出したかと言えば、酔次郎の出現とウイスキー摂取にかなりの相関関係が観られることが日記を分析する中で分かったから。
 摂取アルコール総量ではなく、酒類によって酔い方が違ってくるのではないか、と。
 これもまた体質の遺伝かも知れない。
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2017年12月29日

伊佐山紫文110

「しこりが残る」という。
 主に精神的な、人間関係の場面で使われる言葉だが、これを今、肉体的に実感している。
 五十肩に続く、謎の内出血と筋肉痛があることは既に書いた。
 これがほとんど引いたあと、触るとわかる「しこり」が残っている。
 生物学的には繊維化というやつで、正常に治ってきている証しなんだろうが、気持ち悪い。
「しこりが残る」
 この表現、だれが最初に思いついたのか、調べても定かではないが、その底意地の悪さは、今、身にしみて分かる。
 この身にしこりが残っている。
 あな、恐ろし。
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2017年12月29日

伊佐山紫文109

 アナタ知ってる? 伊佐山さんとこの坊っちゃん……そうなの、最近見ないと思ったら、そうなんですって。
 だって、小学校四年で、ハイスペックのゲームパソコン買ってあげたんですって。
 ダメでしょ。
 だから男親はダメなのよね。
 普通のセレロン、って言うの? 
 ママチャリみたいなパソコンでもインターネットにハマりまくって、一日中、漬け状態だったらしいのよ。
 そこにハイスペックのゲームパソコンって、どうなの?
 そりゃハマって、出てこれなくなるわよね。
 公文やってて、4年生なのにもう6年生の課題に進んだんだって。
 そのご褒美に買ってあげたらしいの。
 ハイスペックのゲームパソコン。
 それでハマってゲーム中毒なんだから、どうしようもないわ。
 やっぱり男親ってダメよね。

 と、こんな小芝居を、ハイスペックのゲームパソコンを欲しがる息子の前でやると、
「やめろ!」
 と殴りかかってくる。
 それで、

 ここだけの話、暴力もひどかったらしいのね。
 あそこのお父さん、劇作家でしょ、ちょっとした小芝居を家の中でやるんだって。
 それで気に食わないと殴るらしいの。

 ハイスペックのゲームパソコン熱はこれで冷めたことになってるが、やれやれ、そのうち買ってやらねばならないんだろうな。
 
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2017年12月28日

伊佐山紫文108

 音大、まあここでは大阪音楽大学のことだけれども、音大に大人になってから入り、卒業した人たちの発表の場を作ろうということになった。
 来年、京都で、発表会みたいな催しをやる。
 で、私は音大とは無関係ながら、企画協力の夙川座だということで、歌詞を提供する。
 と言うか、昨日、作曲担当の方にお渡しした。
「花の歌」
 桜、梅、桃に込められた古来からの日本の伝説や詩歌を、歌詞の中に重層的に練り込んだ4曲の組曲。
 別にフィナーレの歌も用意したから、全5曲。
 どんなメロディーで歌われるか、今から楽しみだ。
 これとは全く別の話だが、来年の国民文化祭に出品する演劇の台本も準備中で、五十肩などと言ってはおれない。
 先日、息子と、息子が求めるようなゲームをやろうとすれば、数十万のハイスペックのゲームパソコンが必要だという話になり、到底無理だというと、
「なんでだよ! 昔はお父さん、高性能のパソコン使ってたんだろ。それ、いくらしたんだよ」
「最初のは120万円くらいかなぁ」
「!」
「そのころはパソコン高かったし」
「……で、その次は?」
「200万くらいだったかなぁ」
「なんでそんなのが買えたんだよ!」
「だって、あのころはバリバリ仕事してたから」
「じゃあ、今すぐ仕事しろ! いまのキミはニートじゃないか!」
 いや、それは間違い。
 ニートじゃなくて、正確にはヒモですから。
 まあ、とにかく仕事するよ。
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2017年12月28日

伊佐山紫文107

 吉四六さんをごぞんじだろうか?
 このワープロ、一太郎で「きっちょむ」と打ち込めば吉四六と出る。
 大分の民話の主人公である。
 この吉四六話の本を息子が学校図書館から借りてきた。
 ところが、その中に、無い。
 あの有名な話が載ってない。
 今でも皆簡単に「味噌糞」というが、その語源となった(のかどうかは不明だが)有名な吉四六の「ミソクソ」話である。
 これを息子にしたところ、笑い転げ回って「またその話して」の繰り返し。
 確かに、吉四六話の中では最もインパクトのあるエピソードだから私も憶えていたわけで。
 オペラの「吉四六昇天」とはまた違う趣の話である。
 少々下品だが、伊佐山版として再録しておく。

 臼杵の吉四六さんが、大分の有名な味噌の評判を聞いたんだと。
 その店の味噌はたいそう香りが良くて、それで鍋でもしようもんなら、家中が良い香りに満ちて、みんなが幸せになるんだと。
 よし、買いに行こう、と吉四六さんは一念発起。
 女房も期待して待ってるという。
 大丈夫。
 味噌を包む竹の皮も二枚用意して、意気揚々と大分へと向かった。
 店の味噌は確かに香りも良く、家のものとは段違いのものだった。
 これを竹の皮に包み、大事に懐に入れ、臼杵へと向かった。
 ところが山を越えるところで腹具合が悪くなった。
 当時の大便は大切な肥料。
 そこらに野グソして捨てて良いようなものじゃない。
 大切に、もう一枚の竹の皮に包んで持ち帰る。
 そこらに生えた竹を折り、前には味噌を、後ろにはクソを吊し、
「前は味噌、後ろはクソ。前は味噌、後ろはクソ」
 唱えながら山を越える。
 と、峠を越えるところで、はぐれた馬がものすごい勢いで走ってくる。
 吉四六さん、慌てて身をかわす。
「ああ、危ない。なんだよあれ。さて……」
 あまりのことに、
「前はクソ、後ろは味噌。前はクソ、後ろは味噌」
 入れ替わっていることに気づかない。
 で、家に帰ると、
「さ、こんなものは早く肥だめへ」
 と買ってきた味噌を肥だめへ捨ててしまう。
 女房には自分の大便を、
「これが大分の味噌じゃ」
 あまりの異臭に、
「こんな臭い味噌があるんかい」
「だから、これが上等なお店の味噌じゃ」
 竹の皮を開けると、まさにクソそのもの。
 鍋に入れれば家中にクソの臭いが満ちる。
 二人して咳き込みながら、
「これが大分の味噌か」
「そうじゃ、これが大分の味噌じゃ」
「全然旨くないぞ」
「これが上品な味ちゅうもんじゃ」
 こうしてしばらくは吉四六さんの家は吉四六さんのクソの臭いに満ちていた、とさ。
 めでたし、めでたし(どこがっ!) 
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2017年12月28日

伊佐山紫文106

 11月の2日以来、更新を怠っていた。
 というのも、五十肩がだんだん下がってきて、肘から手首のあたりまで痛くなり、とくにマウスのクリックが苦痛でパソコン自体を触れなくなっていた。
 それに加え、寝ている間に作ったであろう謎の内出血の痕が右脇腹にあり、これがまた咳をしたりすると横隔膜とつながる背筋を刺激して激痛!
 酔っ払って寝ている間に転んだんだろうが、記憶にない。
 こんななか、リビング天井のシーリングが故障。
 朝6時に真っ暗。
 腕が上がらないのに、どうやってシーリングを外して交換するんだよ。
 コタツの上に上がった妻も機械のことは何も分からず立ち往生。
 仕方なく、私もコタツに上がり、おそるおそる手を挙げてなんとか外した途端!
 五十肩が炸裂!
「グギャァアアア~」
 と意味不明の言葉を発しながらも、なんとかシーリングを外すことが出来た。
「大丈夫?」
 大丈夫じゃねえから叫んでるんでしょうが!
 全く、総年齢110歳の夫婦がコタツの上でなにやってんだか。
 息子も笑ってないで、早く天井に手が届くくらい成長しなさい!
 
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2017年12月27日

伊佐山紫文105

 テレビで美味しそうな料理が紹介されると、息子は、
「あれ、食べたい」
 で、
「じゃあ、今度作ろう」
 そう言うと、阿修羅の形相になって、
「違う! 「あれ」が食べたいんだよ!」
 ものごころついてからずっと、家で作ったパチモンを食わされ続けた思いがあるのだろう。
 息子の言う「あれが食べたい」の「あれ」は本物のことであり、家で作るパチモンはパチモンでしかない。
「けど、「あれ」は東京の店だから、遠いぞ。家で作ろう」
 そうやって、数々のパチモンを作り出してきた。
 その最高傑作はミルクレープのモンブランクリームだろう。
 これも、テレビで観て「食べたい」となり、さっそく作った。
 ホットケーキミックスでクレープを焼き、マロンクリームを挟んで重ねていく。
 マロンクリームは、剥いた甘栗と生クリームをフードプロセッサーにかけたもの。
 これを十段も重ね、周囲にもマロンクリームを塗ると、なんだか立派なケーキに見えてくる。
 これを息子はミルクレープだと思い込んでいたし、嘘はついていない。
 で、あるとき、ケーキ屋の店頭でミルクレープを見つけてしまった。
 文字の読めない幼児の時はごまかせても、もう無理だ。
 仕方ない。
 買って帰って食べた。
「!」
 無言で半分残し、もう二度と「買おう」とは言わなくなった。
 ほら、同じようなモノなら、家で作る方が旨いんだよ。
 生クリームは本当にナマだし、生地は焼きたてだし。
 それでも家で作るモノは何かうさんくさいと疑っていて、作ろう、と言うと「違う!」と言う。
 まあ、仕方ない。
 パチモンはパチモンだからね。
 たとえ看板だけにせよ、本物は本物だ。
 マズイ本物があれば、旨いパチモンもある。
 人生ってのはそう簡単には割り切れんってことさ。
 え?
 納得できない?
 まあ、今度、金持ちになったら東京に連れて行くさ。
 え?
 それがいちばん信用できない?
 だよね。
 だからお家で作ろう! 
 
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プロフィール
notebook
notebook
学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

< 2017年12>
S M T W T F S
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