「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2018年01月06日

伊佐山紫文124

 とにかくノートをきちんとつけたことがない。
 小学校から大学まで。
 雑誌の記者やライターだった頃も、ほとんどメモを取らなかった。
 そもそも新聞や週刊誌の事件記者ではないから、基本、調べて書くのが仕事である。
 そして大事なことは、調べればたいてい本に書いている。
 だから取材に行く前に調べられることは全て調べ、相手と同等くらいの知識を仕入れていく。
 そもそもそうでなければ、相手の言っていることが妥当な正論なのか、それともアッチ向きの極論なのか区別がつかず、下手したらトンデモな記事を書いてしまいかねない。
 正論と極論の区別がつく程度に調べていれば、当日、メモを取る必要はない。
 後日、あの本のあそこに書いてあったことだな、と思い起こし、もう一度調べ、記事を作れば良い。
 そもそも私にとって取材は「その道の権威のあの人にちゃんと会いましたよ」というアリバイ、と言うか客観性の担保のようなもの。
 ノートを作る必要も無い。
 同様にスケジュールノートも持ったことがない。
 大事な日付は忘れないし、曖昧になったら誰かに聞けばいい。
 と、こんな調子で、これまでノートもスケジュールノートも持たずに来たのだが、やはりさすがに寄る年波で、限界を感じた。
 年にいくつもの企画を平行して進めていくと、どうしても混乱が生じる。
 そして何かが混乱したとき、私の方に客観的な資料がなければ、混乱を正せないままに終わってしまう。
 と言うわけで、昨日、仕事始めにスケジュールノートを買いました。
 これでどんだけ仕事が増えても大丈夫です。
 皆さまよろしくお願い致します。
 
 
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今年はこちらから始まります。

1/27 住之江公園駅すぐ、オスカードリーム内ホールのオスカーホールにて。

日本殺陣道協会主催 イベント「侍祭り 2018」に参加します。

14時から16時過ぎまで。
夙川座の出番は最後なので、15時45分頃から30分間。

イベントのアトラクションなどに組み込める30分にまとめました。

入場無料なので、当日、直接会場に来られれば、どなたもお入りいただけます。

いかがでしょうか。
お待ちしております。
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2018年01月03日

伊佐山紫文123

 前に子役二人が歌う「マルマルモリモリ」なんてのが流行って、ちょっとラテン語をかじった耳には正気の沙汰とは思えなかった。
「マル」は「悪」で、「モリ」は「死」。
「悪悪死死」
 なんでこんな歌になったのか、誰か教えてやらなかったのかと訝しむが、深読みすれば、これは「メメント・モリ」の一種なのではないか。
「メメント」は英語で言えばリメンバー、「思え」。
「モリ」は「死」。
 メメント・モリ、死を思え。
 つまり生に限りがあること、言い換えれば自らも死すべき存在であることを常に思い、一瞬一瞬を誠実に精一杯生きよ、ということ。
 メメント・モリ。
 こんな元気で可愛い子供たちであっても、いつかは死の時を迎えなければならない。
 マルマルモリモリ。
 ああ、なんて切ない歌なんだ。
 こういうメメント・モリの伝統は、実は日本に古来から有って、たとえば、一休禅師の歌とされている、
「門松や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
 正月になって皆さん浮かれているけれど、それでも死出の旅の途中であることに変わりはないんだぞ、と。
 杖にしゃれこうべを付けて、一休さんはこの歌を唄いながら正月の京都を闊歩したという。
 これが本当に一休さんの歌なのか、疑問は残っているようだが、それでも江戸時代にはそう信じられ、ある種の「メメント・モリ」として人口に膾炙していたのは事実である。
 で、懐かしく思い出すのは、息子の8歳の誕生日、
「お前も8歳になったんだね」と言うと、すかさず、
「また一歩、死に近づいたって話?」
 まあ、そういうことではあるけれど……
 いや8歳から「メメント・モリ」しなくても……
 と言うわけで、「死に太郎」は一休禅師に倣った私なりの「メメント・モリ」でした。
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2018年01月03日

伊佐山紫文122

 この話をし始めると、息子は「止めろ!」と叫んで襲いかかってくる。
 
 あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。
 ある日、お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯へ行きました。
 お婆さんが川で洗濯をしていると、上流から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと、腐りかけた死体が流れてきました。
 お婆さんはその死体を家に持って帰りました。
「これは立派な死体ではないか」
 とお爺さんも大喜びです。
 さっそく料理しようと、お婆さんが包丁で皮をむくと、中から、顔色の悪い、気色の悪い男の子が出てきました。
 二人はその子を、死体から生まれた「死に太郎」と名付けて、大切に育てました。
 と言っても、もともと死んでいる死に太郎ですから、一日ぐったりと寝てばかり、しかも、得も言われぬ臭い臭いが漂っています。
 そんなある日、死に太郎が言いました。
「鬼ヶ島の鬼たちが人々を苦しめているそうです。私が行って、奪われた宝を取り戻してきます」
 お爺さんとお婆さんは、実は死に太郎をもてあましていたので、良い厄介払いになると、この申し出を歓迎しました。
 門出に、死体から作った「死に団子」を持たせました。
 死に太郎が鬼ヶ島に向かっていくと、道に犬が死んでいました。
 その死体を肩にかけて歩いて行くと、次にはサルが死んでいました。
 その死体を肩にかけて歩いてくと、次にはキジが死んでいました。
 それもまた肩にかけ、船に乗り、鬼ヶ島へと漕ぎ出しました。
 異臭に気づいた鬼たちはざわめき始めました。
「こ、これは、いったい何の臭いじゃ」
「あれを観ろ、犬と、サルと、キジの死体を抱えた死体がこっちに向かってくるぞ!」
 死に太郎は叫びました。
「鬼ども! 人々から奪った宝を返せ!」
 鬼たちはあまりの気色の悪さに動顛しました。
「あんなのに上陸されちゃ、かなわん。宝どころの騒ぎじゃない」
 鬼たちは死に太郎に言いました。
「返す! 返す! だから、今すぐ帰ってくれ!」
 鬼たちは宝を死に太郎の船に投げ入れました。
 死に太郎は宝を村に持ち帰りましたが、死臭のついた宝など、だれも持ち帰りません。
 死に太郎は最初から死んでいるので死ぬこともなく、お爺さんお婆さんが死んだ後も、宝に囲まれて、いつまでもいつまでも、きっと今でも、たった一人で寝ているのでした。
 めでたし、めでたし。
 
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2018年01月02日

伊佐山紫文121

昨年(平成29年、2017年)の仕事(確定)
夙川座本公演二本演出
コープこうべでの夙川座公演一本演出
オペラ台本一本書き下ろし
オペラ台本二本書き直し
新曲オペラのために叙事詩一本書き下ろし
新曲のために組曲の作詞一組書き下ろし
ストレートプレイの戯曲一本書き下ろし
夙川座情報紙『ポストホルン』発行二回
その他数知れぬ雑用

昨年ネット上に書いた雑記事(確定)
200本以上(新書3冊分 400字詰め原稿用紙で500枚弱)

昨年のインプット(確定)
書籍22冊
雑誌153冊
映画1本
ビデオ164本
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2018年01月01日

伊佐山紫文120

 皆さまあけましておめでとうございます。
 息子も3月で10歳になり、ということは、母とヒデコ伯母が亡くなって10年です。
 伊丹に越してきてから7年、故郷日田には5年も帰っていません。
 今年は何とか(株)夙川座の業務を軌道に乗せ、恒常的な収益を上げる努力を重ねて行きたいと願っております。
 思えば、青雲の志を抱いて関西に出てきたのが昭和62年(1987年)、最初は法律家を目指し、つぎに雑誌記者となり、コピーライターとなり、雑誌の編集者を経て、フリーの物書きとして今に至ります。
 主な業績:
 小林製薬のおもしろネーミング路線の展開。
 KADOKAWA『ウォーカー』の創刊コンセプトワークとネーミング。
 コープこうべ『ステーション』を通じた環境問題コンセプトの展開。
 夫婦別姓の普遍化。
 こんなもの。
 全て20代の仕事。
 あとの20年はほとんど余生だった。
 この30年で思ったこと。
 世の中そんな甘くない。
 けれど、世の中それほど悪くない。
 それでは、皆さま、今年もよろしくお願いいたします。
   
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2018年01月01日

伊佐山紫文119

昨年12/31にアップされたもの。

 昨日まで沖縄でした。
 旧友に会ったり、息子を連れて観光地を歩いたり、泡盛に酔いつぶれたり、それなりの四日間でした。
 今後の創作の糧に出来たらと思います。
 皆さま良いお年をお迎え下さいませ。
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2018年01月01日

伊佐山紫文118

 昨年12/26にアップされたもの。

息子の冬休みの宿題を手伝っている。
 で、漢字のやっかいさに改めて気づく。
 かねへん、いとへん、くさかんむり、たけかんむり等々、ちょっとした違いで意味がまるで変わってくる。
 これが熟語となるとさらにやっかいだ。
「録画」と「新緑」がならんで出てくるから、その差異も説明しながらの作業になる。
 考えればバカバカしい作業なのだが、バカの作った教材などそんなものだ。
 それでも一応は名の通った教材作成会社の教材だからまだマシな部類で、これが市教委の作ったものになると、バカを通り越して、得体の知れないバケモノになる。
 たとえば概数。
 12434という数を概数にする。
 3桁目が400だから、四捨五入して12000として計算する。
 これが教科書に載っている概数である。
 ところが市教委の概数では10000なのである。
 1桁目を概数にする!
 だから、12434+34999の答えが40000になる。
 バカか!
 まあ、教員達が教科書をしっかり読んでないことは分かってるし、教科書をしっかり読む能力があれば小学校の教員になどなっていないだろうから、今さらなにも言うことはない。
 時間の無駄だ。
 前にもデタラメな教材のことで市教委に抗議に行ったことがある。
 単純な引き算なのに、答えがまるで間違っている。
 それでも形だけは整っているから、息子と一緒に宿題をやっている友達も一緒になって混乱して、
「これ、オカシイよね」と言ってくる。
 学校に言っても無駄だし、教材を作成した市教委に言ってもさらに無駄だと知りつつも市教委に行き、とにかくシロウトが教材を作るなと、教科書以外のことをやるなと、無駄だと思いつつもねじ込んだ。
 結果は想定通りの犯人捜し。
 誰が間違ってどうなったこうなった、で、結局、バケモノ教材は使い続けてる。
 混乱する息子に「これは学校の方が間違ってる」と言うと、
「お父さん、モンスター・ピアレント?」
 ハァ?
 まあ、そうかも知れん。
 小学校3年生の時に学校と全面戦争して、教員一人辞めさせた実績があるからね。
 大人しくしてます。
 こりゃ、公立学校から生徒が逃げ出すのも宜なるかな、だわ。
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2018年01月01日

伊佐山紫文117

 昨年12/25にアップされたもの。

人生には「やられた!」という瞬間がいくつかあるもので、私のそれは、葉室麟さんの『霖雨』を読んだときだった。
 当時、私は時代小説を書こうと思っていて、実際、短編を出したりもしたのだが、鳴かず飛ばず、それで心機一転、もっと波乱に満ちたものを、と、故郷・日田の広瀬淡窓のもとに、関西から、訳ありの男女が……
 これって、まんま『霖雨』じゃん!
 葉室さんの訃報に接し、惜しい、というほかない。
 新聞の経歴には出ていないが、毎日新聞の日田支局に勤めておられた。
 六十六歳、若すぎる。
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2018年01月01日

伊佐山紫文116

 昨年12/24にアップされたもの。

たとえば、今日、「今日は12月24日です」と紙に書いたとする。
 これは紛れもない真実である。
 ところが、この、紙に書かれた、消しようもない、紛れもない真実は、夜の12時を回った途端、虚偽になる。
 真実は移ろいゆく。
 というか、移ろいゆくものを「真実」と呼んで良いのか。
「真実」なんてあるのか。
 と、クリスマスとクリスマスイブを巡って、息子と議論になって、改めて思った。
 息子はクリスマスを祝うなら明日だという。
 天皇誕生日も、建国記念日も、その他諸々の記念日も、当日が記念日であって、イブなんてないじゃないか、と。
 まあ、そうだよな。
 だから、こう考えようよ。
「今日はクリスマスです」
 という明らかな虚偽が、真実に変わる瞬間。
 虚偽が真実に変わりつつある時をこそ、楽しもうよ、と。
 それがイブなんだ、と。
 もともとクリスマスなんて冬至をキリストの生誕に結びつけただけの、明らかな虚偽なんだし。
 そこに真実があるとすれば、それはキリストのように「良く生きよう」という人々の想いしかないんだから。
 こんな汚辱にまみれた自分が、清浄になれるかもしれない、真実の時、それを信じて待とうよ、と。
 他の記念日にはそんな意味はないし。
 こんなこと、九歳の悪ガキにはまだわからんか。
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2018年01月01日

伊佐山紫文115

 昨年12月アップされたもの。

息子の友達が家のピアノで「ドレミの歌」を耳コピで弾いていて、でも白鍵しか使わないものだから、もちろんオカシイ。
「黒鍵も使って見」とアドバイスすると、見事にドからシまでコピーしてしまった。
 息子より遙かに才能あるし、ゲームより、むしろピアノを弾きたくてウチに来ているらしい。
 環境が環境なら、おそらく音大に進むような子だと思う。
 この子の親はそんなことに気づいていないし、気づいたところでどうしようもないだろう。
 人間の運命なんて、そんなものだ。
 で、この季節、ベートーヴェンの第九を聞き倒しているけれど、ヒトラー誕生日のフルトヴェングラーを別格として、やはり総合的に素晴らしいのは、ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデンのライブ録音だと思う。
 同じ組み合わせでの交響曲全集版もあり、こちらももちろん素晴らしく「フロイデ シェーネル ゲッテル フンケン」の日本なまりドイツ語の手本としては最適だろう。
 スタジオ録音なので聞き取りやすいし。
 けれど、それを超えてアツく心に届くのがライブ録音Delta版で、1985年(昭和60年)にゼンパーオパーの再建記念祝典で演奏されたもの。
 全集版のルカ教会の残響の深さはないものの、ライブならではの熱量は圧倒的だ。
 ゼンパーオパーの残響をしっかり味わったあとで澎湃と湧き起こる地響きのような足踏みも感動的だし。
 ところがこれをどこで買ったのか記憶にない。
 レコード店ではなく、どっかのスーパーのワゴンで500円くらいで買ったのだと思う。
 なんの期待もなく、BGM的にかけて、腰を抜かした。
 ジャケットには2003年とあるから、もう15年くらい前の話だ。
 今、ネットで調べてみると、このCD、入手困難らしい。
 こんな超名演が……
 ま、人間の運命なんて、そんなものだ。
 
 
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2018年01月01日

伊佐山紫文114

 皆さまあけましておめでとうございます。
 息子も3月で10歳になり、ということは、母とヒデコ伯母が亡くなって10年です。
 伊丹に越してきてから7年、故郷日田には5年も帰っていません。
 今年は何とか(株)夙川座の業務を軌道に乗せ、恒常的な収益を上げる努力を重ねて行きたいと願っております。
 思えば、青雲の志を抱いて関西に出てきたのが昭和62年(1987年)、最初は法律家を目指し、つぎに雑誌記者となり、コピーライターとなり、雑誌の編集者を経て、フリーの物書きとして今に至ります。
 主な業績:
 小林製薬のおもしろネーミング路線の展開。
 KADOKAWA『ウォーカー』の創刊コンセプトワークとネーミング。
 コープこうべ『ステーション』を通じた環境問題コンセプトの展開。
 夫婦別姓の普遍化。
 こんなもの。
 全て20代の仕事。
 あとの20年はほとんど余生だった。
 この30年で思ったこと。
 世の中そんな甘くない。
 けれど、世の中それほど悪くない。
 それでは、皆さま、今年もよろしくお願いいたします。
   
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2018年01月01日

伊佐山紫文113

 ハリウッドの映画・ドラマで言うところの、サイコパスとか、ソシオパスとか、いわゆる反社会性パーソナリティ障害を持った人間が、この世には一定の割合で存在している。
 私自身、そのことは身にしみて分かっていて、だから、少しでもアブナイと感じたら避けているのだが、そのアブナサはなかなか人に説明できるものではない。
 特にその連中に飲み込まれている人間を説得するのは容易ではなく、つい面倒だと思って言われるがままにしてしまう。
 で、とんでもないトラブルに巻きこまれたあとで、
「あれほど言っただろ! あれはアブナイ奴なんだから」
 と言うしかない。
 心理学的には、サイコパスは生得的(遺伝)、ソシオパスは後天的(環境)と言われているのだが、私の考えは少し違う。
 社会性というのは、私が思うに、ホモ・サピエンス(現生人類)が生き延びるために獲得した性質であって、これが無いためにホモ・エレクトゥスは滅んだ。
 ホモ属の、これだけ巨大化した脳を機能させ続けるには膨大なカロリーが必要で、それを恒常的に得るためには、助け合い、エサの分け合い、すなわち高度な社会性が必要だった。
 個人や家族ではこの巨大化した脳を支えるのは不可能だったのだ。
 たとえば、遺伝的に人間にいちばん近いとされるチンパンジーでも、決してエサを他個体に与えようとしない。
 徹底的な個人主義であり、だから脳は大きくなれない。
 高度な社会性もない。
 おそらくホモ・エレクトゥスもこんな感じで、ホモ・サピエンスから見ればサイコパスやソシオパスだったろう。
 ただし、霊長類の進化の過程から見れば、チンパンジーの方が正統であり、サイコパスやソシオパスはサル社会では全くの正常である。
 高度な社会性を身につけ、ものすごい体脂肪(サルの中で10%を越える体脂肪を持つのはヒトだけである)で脳を支えているホモ・サピエンスの方が異端なのである。
 だから、ある人間がサイコパスやソシオパスだと感じたら、こいつは旧世界のサルだとして避けるのが正しいホモ・サピエンスの行動なのだ。
 ただし、これは強調しておかなければならないのだが、我々にも旧世界のサルの心情が残っており、反社会的な個人主義に魅力を感じてしまう。
 ハグレ猿や一匹狼に共感したり、しきたりに息苦しさを感じるのも、我々の中に旧世界のサルが生き残っている故だろう。
 だから、サイコパスやソシオパスも子孫を残せる。
 まあ、とにかく、この現代社会でトラブルを避けようと思ったら、ホモ・エレクトゥスを避ける。
 あと100万年もすれば滅びてしまう連中なんだから。
 でも、そこに残ってる社会はきっと息苦しいほど高度に社会化されてるんだろうな。
 と、旧世界のサルは思ってしまうのだった。
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プロフィール
notebook
notebook
学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

< 2018年01>
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