2017年08月13日
伊佐山紫文19
夙川座のラジオ出演が決まり、流す音源のマスターを探していたら、昔自主製作したCDがゴソッと出てきて感慨無量、しばし聞き入ってしまった。
思えば軽い気持ちで始めた作詞だった。
5年前、当時学生だった浅川(現(株)夙川座社長)の依頼で、プッチーニのアリア「私の優しいお父さん」に歌詞をつけたのが始まりだった。
楽譜なんかない。
頭の中で歌詞を作り、頭の中で歌い、パソコンに打ち込んで印刷。
それを浅川が譜面に埋めていく。
なんとも幼稚なことをやっていたものだ。
今はもちろん、そんなことはしない。
まずは楽譜ありきで、フレージングに合わせて歌詞をつけていく。
このフレージングってやつがくせ者で、たとえば六つの八分音符が譜面に並んでいたとして、これを「2・2・2」で歌うのか、「3・3」で歌うのか、いわゆるアナリゼを厳密にやらないと、上手く歌える歌詞にはならない。
昔の日本語歌詞が歌いにくいといわれるのは、このアナリゼが甘く、たとえば「3・3」として歌うべき個所に「私は行く」という歌詞がついていたりするからだ。
つまり音楽としては「3・3」として流れるべきフレーズを、歌手は「私は・行く」という「4・2」の言葉で歌わされることになる。
むりに「3・3」で歌うと「私・は行く」と不自然な聞こえになってしまう。
有りものの歌に歌詞を付ける作業の8割以上はアナリゼだということが、作詞を通じてわかった。
日本語固有の問題もわかってきた。
昔の日本語オペラについての文献を読んでいると、母音がどうしたこうした、などと、極めて言語学に無知な、幼稚な議論が展開されていたりする。
それも大御所が大まじめに。
こんな程度の言語理解で和訳の歌詞を作っていれば、そりゃ歌いづらいし、聞こえないし、日本語訳のオペラが廃って当然だと思う。
この人たちは、ドイツ語やイタリア語より、まずは日本語について勉強すべきだった。
そもそもヨーロッパ諸語と日本語では、言語そのものの性質が全く違う。
ヨーロッパ諸語、あるいは北京語、朝鮮語は「シラブル言語」と呼ばれ、言語の最小単位はシラブルである。
対して日本語は「モーラ言語」であり、言語の最小単位は「モーラ」である。
たとえば、俳句の「五七五」はシラブルではなく、「モーラ」の数である。
だから、試みに「僕は今 新幹線に 乗っている」と詠んだとする。
これはモーラを数えれば「五七五」だが、もしシラブルで数えれば「五四四」となる。
シラブル言語では「ん」や「っ」が独立して数えられることはない。
だから西洋音楽では「ん」や「っ」が一つの音譜に乗ることはないわけで、ここが日本歌曲との違いになってくる。
これはまるで本居宣長と上田秋成の論争『呵苅葭(かかいか あしかりよし)』的な問題で、根は極めて深い。
ともあれ、つまりは母音云々とはまったく違うところに問題があるわけで、そこを明晰に、クリアに理解していなければ、いくらドイツ語やイタリア語に詳しくても日本語歌詞は書けない。
ところが書けないけれど書かなくてはならない時代があったわけで、その歪みの負担は全て歌手が負ってきた。
だから、こんな苦労をしてまで日本語でやる必要はないと、原語主義が主流になったのも当然だと思う。
それはヨーロッパでもアメリカでも同じだ。
かつて『魔笛』はアメリカでは英語で歌われるのが常で、私の愛聴盤の一つであるワルター指揮メトの超名演は英語である。
ただ、やはり不自然に聞こえる個所もあり、原語に戻ったのは当然かな、とは思う。
なんにせよ、この5年、いろんなことを学んだ。
それにしてもこの売れ残りCD、どうしたもんか。
思えば軽い気持ちで始めた作詞だった。
5年前、当時学生だった浅川(現(株)夙川座社長)の依頼で、プッチーニのアリア「私の優しいお父さん」に歌詞をつけたのが始まりだった。
楽譜なんかない。
頭の中で歌詞を作り、頭の中で歌い、パソコンに打ち込んで印刷。
それを浅川が譜面に埋めていく。
なんとも幼稚なことをやっていたものだ。
今はもちろん、そんなことはしない。
まずは楽譜ありきで、フレージングに合わせて歌詞をつけていく。
このフレージングってやつがくせ者で、たとえば六つの八分音符が譜面に並んでいたとして、これを「2・2・2」で歌うのか、「3・3」で歌うのか、いわゆるアナリゼを厳密にやらないと、上手く歌える歌詞にはならない。
昔の日本語歌詞が歌いにくいといわれるのは、このアナリゼが甘く、たとえば「3・3」として歌うべき個所に「私は行く」という歌詞がついていたりするからだ。
つまり音楽としては「3・3」として流れるべきフレーズを、歌手は「私は・行く」という「4・2」の言葉で歌わされることになる。
むりに「3・3」で歌うと「私・は行く」と不自然な聞こえになってしまう。
有りものの歌に歌詞を付ける作業の8割以上はアナリゼだということが、作詞を通じてわかった。
日本語固有の問題もわかってきた。
昔の日本語オペラについての文献を読んでいると、母音がどうしたこうした、などと、極めて言語学に無知な、幼稚な議論が展開されていたりする。
それも大御所が大まじめに。
こんな程度の言語理解で和訳の歌詞を作っていれば、そりゃ歌いづらいし、聞こえないし、日本語訳のオペラが廃って当然だと思う。
この人たちは、ドイツ語やイタリア語より、まずは日本語について勉強すべきだった。
そもそもヨーロッパ諸語と日本語では、言語そのものの性質が全く違う。
ヨーロッパ諸語、あるいは北京語、朝鮮語は「シラブル言語」と呼ばれ、言語の最小単位はシラブルである。
対して日本語は「モーラ言語」であり、言語の最小単位は「モーラ」である。
たとえば、俳句の「五七五」はシラブルではなく、「モーラ」の数である。
だから、試みに「僕は今 新幹線に 乗っている」と詠んだとする。
これはモーラを数えれば「五七五」だが、もしシラブルで数えれば「五四四」となる。
シラブル言語では「ん」や「っ」が独立して数えられることはない。
だから西洋音楽では「ん」や「っ」が一つの音譜に乗ることはないわけで、ここが日本歌曲との違いになってくる。
これはまるで本居宣長と上田秋成の論争『呵苅葭(かかいか あしかりよし)』的な問題で、根は極めて深い。
ともあれ、つまりは母音云々とはまったく違うところに問題があるわけで、そこを明晰に、クリアに理解していなければ、いくらドイツ語やイタリア語に詳しくても日本語歌詞は書けない。
ところが書けないけれど書かなくてはならない時代があったわけで、その歪みの負担は全て歌手が負ってきた。
だから、こんな苦労をしてまで日本語でやる必要はないと、原語主義が主流になったのも当然だと思う。
それはヨーロッパでもアメリカでも同じだ。
かつて『魔笛』はアメリカでは英語で歌われるのが常で、私の愛聴盤の一つであるワルター指揮メトの超名演は英語である。
ただ、やはり不自然に聞こえる個所もあり、原語に戻ったのは当然かな、とは思う。
なんにせよ、この5年、いろんなことを学んだ。
それにしてもこの売れ残りCD、どうしたもんか。
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