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2017年10月07日

伊佐山紫文83

 息子がインターネット中毒そのものなので、熱を出したのを理由に数日禁じてみた。
「ヒマ、ヒマ、ヒマ」
 そこらの本もマンガも全部読んで飽きたと言うから、ブックオフに行って『ドラえもん』総集編を手当たり次第に買ってきた。
 1冊108円を7冊。
 その中に『藤子・F・不二雄の怖い話』と言うのが混じっていて、その中の一話を読んだだけで、
「こんな怖い本、買ってくるな!」
 見れば、第一話は、なんと「ノスタル爺」。
『異色短編集』に入っており、私の忘れられぬ「トラウマンガ」の一つである。
 横井さんや小野田さんら残留日本兵の存在を背景に、残された妻、崩壊する家、消えて行く集落を描き、強烈な印象を残す。
 藤子・F・不二雄の大傑作である。
 これがまた、『異色短編集』では「土蔵の爺さま」だった呼称が、ここでは「気ぶりの爺さま」と雑誌掲載時のままに戻され、これもまた強烈である。
 そうか、こんな難しい話で怖くなるほど、ちゃんと読めるようになってきたってことか。
 小学校4年と言えば、私が松本零士の『男おいどん』に出会った年である。
 忘れもしない、小4のいつだったかは忘れたが、中津の父の友人の家に泊まりに行き、そこで『男おいどん』の載った『少年マガジン』を読んだ。
 正確には、『男おいどん』が講談社出版文化賞を受賞して、その記念で書かれた外伝「おいどんの地球」を読んだのだった。
 人類が汚染された地球を離れるなか、ひとり四畳半に取り残される主人公。
 そのペーソスに幼い心は震えた。
 以後、私は、高校に入るまで『少年マガジン』を買い続けた。
『男おいどん』の最終回の記憶も鮮明である。
『少年マガジン』の発売日、日田の中央通りの果物屋の息子で、松本零士ファンの同士が息を切らしてウチに駆け込んできた。
 手には『少年マガジン』最新号。
「大変バイ! 『男おいどん』が最終回バイ」
「スラゴツ(嘘言え)!」
「この表紙、サルマタはいちょらんし、ここ……」
 様々な予兆を指摘する。
 そして二人で読み、間違いなく最終回であることを確認した。
 二人して泣いた。
 夜も、布団に入ってから泣いた。
 今思えば、まだ小学5年の夏である。
 挫折しかない人生を生きる「おいどん」の、いったい何に反応していたのだろう。
 それからしばらくして『月刊少年マガジン』が復刊されてこれも買うようになり、そこに小さな記事を見つけた。
 松本零士が監督を務めるテレビアニメが制作される、と言うもので、私は心躍らせて放映の日を待ち続けた。
 これが『宇宙戦艦ヤマト』、後に一大ブームを巻き起こすのだが、当時、観ていたのはクラスで私一人だった。
 今観ても素晴らしい内容なのだが、視聴率が上がらず、商業的には失敗した。
 再放送でブームに火がつき、誰も彼も最初の放送で観たと言い始めたのだが、嘘である。
 皆、裏番組の『SFドラマ猿の軍団』を観ていたはず。
 あなたたちが観ていたのは再放送です。
 それにしても、そうか……息子も、もうそんな歳か。
 色々選ばないといけないな。
 確かに『怖い話』は怖すぎたわ。
 画面からノスタル爺の「抱けえっ!! 抱けえっ!!」が聞こえてくるようだ。

 

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プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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