2018年08月20日
伊佐山紫文193
この二月ほどかかり切りになっていた脚本の第一稿がやっとあがった。
10曲の挿入歌の歌詞は早めに上がっていたのだけれど、やはり今回も、歴史的事実と創作のバランスに悩まされた。
淡々とした事実の列挙ではドラマにはならないし、芝居としてドラマティックにすれば事実からは離れてしまう。
まあ、ものは言いようで、舞台が描くのは「事実」ではなく「真実」だという。
この場合の「真実」とは、作者が抽象した歴史的事件の「本質」が具象化したものとも言えるだろう。
つまり、一度作者が把握し抽象した「本質」を、こんどは作品の「真実」として描くということだ。
歴史家はその「本質」を「事実」をもって再構成するが、劇作家は「本質」を「真実」としてドラマを描く。
劇作家の捉えた「本質」が本当にその事件の「本質」であるか、それは描かれたドラマの「真実」を通して判断して貰うしかない。
つまり観客がその「真実」に感動するかどうか、だと思う。
『清流、我を抱け 日田義民伝』
上演場所・時期など全く未定です。
10曲の挿入歌の歌詞は早めに上がっていたのだけれど、やはり今回も、歴史的事実と創作のバランスに悩まされた。
淡々とした事実の列挙ではドラマにはならないし、芝居としてドラマティックにすれば事実からは離れてしまう。
まあ、ものは言いようで、舞台が描くのは「事実」ではなく「真実」だという。
この場合の「真実」とは、作者が抽象した歴史的事件の「本質」が具象化したものとも言えるだろう。
つまり、一度作者が把握し抽象した「本質」を、こんどは作品の「真実」として描くということだ。
歴史家はその「本質」を「事実」をもって再構成するが、劇作家は「本質」を「真実」としてドラマを描く。
劇作家の捉えた「本質」が本当にその事件の「本質」であるか、それは描かれたドラマの「真実」を通して判断して貰うしかない。
つまり観客がその「真実」に感動するかどうか、だと思う。
『清流、我を抱け 日田義民伝』
上演場所・時期など全く未定です。
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