2019年11月10日
伊佐山紫文447
十数年前、息子が生まれるにあたって、家を少しでも広くしようとて、すぐには必要ない本やCDを日田に送り返した。
その送り返した中にムラヴィンスキーの個人的コレクションも含まれていて、ちょっと今、困ったことになっている。
と言うのも、今回、ラジオの仕事で色々と調べていて、個人的には驚愕の事実が次々と明らかとなった(笑)。
その一つ、恥ずかしながら、今回、初めて、ムラヴィンスキーがコロンタイの甥っ子だと知った。
そもそもが指揮者の来歴などどうでも良い聞き方をしてきたから、改めて、演奏年代とかを含めて聞き直したいと思ったのだが、手元にCDがない。
困ったな、というレベルの話。
それを電話での雑談で浅川座長にしたら、
「コロン……? そんなお菓子あったよね」
「え、まさか、コロンタイを知らないの?」
「知らん。初めて聞く。だれ、それ」
実はこれが「驚愕の事実」の本体。
オーマイガッ!
妻にも聞いてみた。
18で出会って以来の同志である。
「知らんよ。だれ、それ」
オーマイガッ!!!!
イヤイヤイヤ、ありえへんでしょう。
例えば、誰でも知ってる「東京行進曲」。
「知らん」
「♪昔恋しい銀座の柳~の歌」
「ああ、知ってる」
「これって、昭和4年、1929年の映画で使われた歌なんやけど、この四番が有名で、♪シネマ見ましょうか お茶飲みましょか いっそ小田急で逃げましょか って言うんだけど」
「知ってる」
「これって、西条八十の詞で、本当に天才的なんだよね。映画とかお茶の日常世界がいきなり駆け落ちなんて」
こんなの西条八十にしか書けないし、と言うより、このときの西条八十でなければ書けなかっただろう。
と言うのも、このとき、西条八十はフランスから帰ってきたばかりで、ヴァレリーなんかの影響を濃厚に残していた。
しかも留学中に起きた関東大震災で、八十の知る東京はもはやそこにはなかった。
「昔恋しい銀座の柳」
は、本当に失われた世界だったのだ。
失われた世界を縦糸に、今の世相を横糸に、八十は見事なタペストリーを織り上げる。
中山晋平作曲の、これは西条八十の初めての大ヒット曲となった。
おかげで八十は小田急の生涯パスをもらっている。
ちなみに、マーチでもないのに「行進曲」のタイトルがついているのは、前年に大流行した「道頓堀行進曲」のパクリ。
このころ、大震災の影響もあって、文化発信の中心は関西に移っていた。
岡田嘉子率いる松竹の「道頓堀行進曲」が神戸から大阪、そして東京で大当たりし、大流行した。
何にでも「行進曲」をつけるのが流行だったのだ。
ちなみに数年後、岡田嘉子はソ連に亡命することになる。
で、なんでコロンタイかと言えば、この四番には逸話がある。
本来は別の歌詞だったというのだ。
元々の歌詞は、
「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱える『赤い恋』」
マルクスボーイまで通じなきゃお話にもならんから、一応解説しておこう。
大正末期から昭和初期に流行った「モボ」「モガ」は、それぞれ「モダンボーイ」「モダンガール」の略で、流行の最先端にいた若者を指す。
ところが、もう一つの流行があって、ロシア革命の影響で左傾した一群の若者たちもかなりいた。
それが「マルクスボーイ」「エンゲルスガール」、略して「マボ」「エガ」で、この男女間での自由恋愛のバイブルが小説『赤い恋』だった。
この『赤い恋』の著者こそアレクサンドラ・コロンタイその人である。
レーニン、トロツキーと並ぶロシアボルシェビキ革命の立役者の一人にして、世界初の女性大臣、世界初の女性大使、共産主義的な女性解放理論の先駆者にして小説家、もう、まばゆいばかりの女性である。
本人の言葉ではないが、
「セックスはコップ一杯の水を飲むのと同じ」
で知られ、これは「水一杯理論」と呼ばれた。
で、共産主義にかぶれた「マボ」「エガ」も、下半身が性に飢えていること「モボ」「モガ」と異ならぬ。
「水一杯理論」は、特に男性の作家思想家に熱狂的に支持され、日本国中に燎原の火のように広がった。
「コロンタイズム」
は、一方では進歩的な生き方とされ、一方では共産主義的退廃の象徴となった。
面白いのは、例えばかつて『青鞜』に拠った女性思想家たちが、コロンタイズムに対して露骨に嫌悪を著していることだ。
平塚雷鳥も、山川菊栄も、そこに男の身勝手を読み取っている。
有名なのは、野上弥生子の『真知子』で、主人公の婚約者で共産主義者の男が、真知子という婚約者がありながら他の女性を妊娠させたのに、それをコロンタイズムを振りかざして開き直るという挿話である。
宮本百合子も、当時ソ連ではとっくに禁書となっているのに、などと、スターリニストらしい批判をしている。
話を『東京行進曲』に戻せば、そういう世相を反映した歌詞として、
「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱える『赤い恋』」
と、西条八十は書いたのだった。
ところがこの年、昭和4年、1929年には悪名高き「治安維持法」の成立をみている。
危険な匂いを嗅ぎ取ったビクターレコードの側から要請があり、八十は即座に書き換えた。
「いっそ小田急で逃げましょか」
の部分に、いわゆる「新しい女」、森田草平・平塚雷鳥の心中未遂事件に端を発する女性解放の新思潮に思いをはせて。
と感じるのはうがち過ぎだろうか。
ともあれ、最初の「マルクスボーイ」の歌詞よろしく、コロンタイは歴史の中に埋もれてしまった。
これが戦後のウーマンリブ運動の中で再発見され、フリーセックス論の基盤を成した……
はずだったんだがなぁ。
誰も知らん。
オーマイガッ!
その送り返した中にムラヴィンスキーの個人的コレクションも含まれていて、ちょっと今、困ったことになっている。
と言うのも、今回、ラジオの仕事で色々と調べていて、個人的には驚愕の事実が次々と明らかとなった(笑)。
その一つ、恥ずかしながら、今回、初めて、ムラヴィンスキーがコロンタイの甥っ子だと知った。
そもそもが指揮者の来歴などどうでも良い聞き方をしてきたから、改めて、演奏年代とかを含めて聞き直したいと思ったのだが、手元にCDがない。
困ったな、というレベルの話。
それを電話での雑談で浅川座長にしたら、
「コロン……? そんなお菓子あったよね」
「え、まさか、コロンタイを知らないの?」
「知らん。初めて聞く。だれ、それ」
実はこれが「驚愕の事実」の本体。
オーマイガッ!
妻にも聞いてみた。
18で出会って以来の同志である。
「知らんよ。だれ、それ」
オーマイガッ!!!!
イヤイヤイヤ、ありえへんでしょう。
例えば、誰でも知ってる「東京行進曲」。
「知らん」
「♪昔恋しい銀座の柳~の歌」
「ああ、知ってる」
「これって、昭和4年、1929年の映画で使われた歌なんやけど、この四番が有名で、♪シネマ見ましょうか お茶飲みましょか いっそ小田急で逃げましょか って言うんだけど」
「知ってる」
「これって、西条八十の詞で、本当に天才的なんだよね。映画とかお茶の日常世界がいきなり駆け落ちなんて」
こんなの西条八十にしか書けないし、と言うより、このときの西条八十でなければ書けなかっただろう。
と言うのも、このとき、西条八十はフランスから帰ってきたばかりで、ヴァレリーなんかの影響を濃厚に残していた。
しかも留学中に起きた関東大震災で、八十の知る東京はもはやそこにはなかった。
「昔恋しい銀座の柳」
は、本当に失われた世界だったのだ。
失われた世界を縦糸に、今の世相を横糸に、八十は見事なタペストリーを織り上げる。
中山晋平作曲の、これは西条八十の初めての大ヒット曲となった。
おかげで八十は小田急の生涯パスをもらっている。
ちなみに、マーチでもないのに「行進曲」のタイトルがついているのは、前年に大流行した「道頓堀行進曲」のパクリ。
このころ、大震災の影響もあって、文化発信の中心は関西に移っていた。
岡田嘉子率いる松竹の「道頓堀行進曲」が神戸から大阪、そして東京で大当たりし、大流行した。
何にでも「行進曲」をつけるのが流行だったのだ。
ちなみに数年後、岡田嘉子はソ連に亡命することになる。
で、なんでコロンタイかと言えば、この四番には逸話がある。
本来は別の歌詞だったというのだ。
元々の歌詞は、
「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱える『赤い恋』」
マルクスボーイまで通じなきゃお話にもならんから、一応解説しておこう。
大正末期から昭和初期に流行った「モボ」「モガ」は、それぞれ「モダンボーイ」「モダンガール」の略で、流行の最先端にいた若者を指す。
ところが、もう一つの流行があって、ロシア革命の影響で左傾した一群の若者たちもかなりいた。
それが「マルクスボーイ」「エンゲルスガール」、略して「マボ」「エガ」で、この男女間での自由恋愛のバイブルが小説『赤い恋』だった。
この『赤い恋』の著者こそアレクサンドラ・コロンタイその人である。
レーニン、トロツキーと並ぶロシアボルシェビキ革命の立役者の一人にして、世界初の女性大臣、世界初の女性大使、共産主義的な女性解放理論の先駆者にして小説家、もう、まばゆいばかりの女性である。
本人の言葉ではないが、
「セックスはコップ一杯の水を飲むのと同じ」
で知られ、これは「水一杯理論」と呼ばれた。
で、共産主義にかぶれた「マボ」「エガ」も、下半身が性に飢えていること「モボ」「モガ」と異ならぬ。
「水一杯理論」は、特に男性の作家思想家に熱狂的に支持され、日本国中に燎原の火のように広がった。
「コロンタイズム」
は、一方では進歩的な生き方とされ、一方では共産主義的退廃の象徴となった。
面白いのは、例えばかつて『青鞜』に拠った女性思想家たちが、コロンタイズムに対して露骨に嫌悪を著していることだ。
平塚雷鳥も、山川菊栄も、そこに男の身勝手を読み取っている。
有名なのは、野上弥生子の『真知子』で、主人公の婚約者で共産主義者の男が、真知子という婚約者がありながら他の女性を妊娠させたのに、それをコロンタイズムを振りかざして開き直るという挿話である。
宮本百合子も、当時ソ連ではとっくに禁書となっているのに、などと、スターリニストらしい批判をしている。
話を『東京行進曲』に戻せば、そういう世相を反映した歌詞として、
「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱える『赤い恋』」
と、西条八十は書いたのだった。
ところがこの年、昭和4年、1929年には悪名高き「治安維持法」の成立をみている。
危険な匂いを嗅ぎ取ったビクターレコードの側から要請があり、八十は即座に書き換えた。
「いっそ小田急で逃げましょか」
の部分に、いわゆる「新しい女」、森田草平・平塚雷鳥の心中未遂事件に端を発する女性解放の新思潮に思いをはせて。
と感じるのはうがち過ぎだろうか。
ともあれ、最初の「マルクスボーイ」の歌詞よろしく、コロンタイは歴史の中に埋もれてしまった。
これが戦後のウーマンリブ運動の中で再発見され、フリーセックス論の基盤を成した……
はずだったんだがなぁ。
誰も知らん。
オーマイガッ!
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