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2019年12月18日

伊佐山紫文479

妙に不安になったり、物事の選択に異様に時間がかかったり、果ては酔次郎になったりと、ここ数週間、奇妙なことが続いたんで、ハタと思い至り、コーヒーを止めてみた。
 コーヒーとは言ってもカフェインレスである。
 カフェインを97パーセントくらいカットしているので、大丈夫かなと思って飲み続けていた。
 昔からコーヒーが駄目だった訳じゃなく、40歳になるくらいまで、毎日数杯、朝も昼も夜も、機会があれば飲んでいた。
 実家が喫茶店だったこともあり、ちゃんと豆を挽き、ペーパーで淹れていた。
 それが40を過ぎた頃から、カフェインの入ったもの全てを受け付けなくなった。
 コーヒーも、紅茶も、緑茶も、コーラも、各種の薬も。
 もちろんコーヒーを飲むことは出来る。
 おいしく飲める。
 ただ、その後が酷い。
 まずはラリってしまう。
 続けて飲むと胃をやられる。
 で、妙に不安になったり、物事の選択に……と冒頭のような状態になってしまう。
 カフェインの害が少しは社会的に認識され、カフェインレスのおいしい豆も出てきたので、これを朝だけ、しかしタップリと淹れて、半年近く飲んでいた。
 ところが最近になって、妙に不安になったり……(以下略)
 なので、残ったコーヒー豆をトイレの脱臭剤にして、この四日間、カフェインを抜いてみた。
 やってきたのは離脱ですわ。
 何にもする気がしない。
 たった3%でも残っていればカフェインの効果と害はあるわけで、これが積もり積もれば色々とおかしなことになってくる。
 そこから抜け出そうとすれば、いわゆる禁断症状、正確には離脱症状が現れる。
 そういえば、喫茶店のマスターだった父がコーヒーを飲んでいるのを見たことがない。
 喫茶店を始める時には博多の有名な喫茶店をハシゴしていたと言うから、若い頃には飲めたに違いない。
 それが私と同じで、だんだん飲めなくなって来たのだろう。
 薬物への反応は遺伝するらしいから、父親側の遺伝子のなせる技ですな。
 母親は老健施設で亡くなる寸前までコーヒーを飲んでいた。
 実家で淹れたコーヒーをポットに入れて施設に持って行き、母やスタッフに振る舞うと、
「口の中が、何というか、スーッとしますね」
 などと、絶賛されたものだ。
 父親がアル中病院に入れられる前、吟味に吟味した豆を、吟味したミルで挽き、吟味したドリッパーで淹れた一杯である。
 旨くないわけがない。
 試しに飲んでみたらメチャクチャ旨く、半日ラリって仕事にならなかったが。

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プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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