2020年03月11日
伊佐山紫文531
コープが半自家製味噌の販売を今年でやめるという。
この味噌、この時期に北海道で仕込み、自宅で熟成させるというもので、賞味期限は熟成終了から九ヶ月と言うが、なんの、1年を過ぎた頃から抜群に旨くなる。
今ウチにあるのも1年以上賞味期限をすぎたものだ。
こんな旨いもの、なんで販売をやめるんだ、とは思わない。
仕方ない、のだよ。
味噌の消費量は絶対に減っている。
それは売り場を見れば分かる。
近所のコープでも、とうに仙台味噌はなくなり、気付けば八丁味噌は消え、出汁入りの得体の知れない味噌が幅をきかせている。
まあ、人のことは言えない。
うちとて、ヨーグルトメーカーを買ってからは、味噌は基本自家製。
以前は、仙台味噌、信州味噌、八丁味噌、白味噌、九州の麦味噌、等々と市販品を何種類も揃えていたのに、今では製品はコープの半自家製味噌だけになっていた。
手前味噌、と言う言葉があるように、味噌は自分の家で作ったものがいちばんだと思う。
私が子供の頃、両親は共働き、と言うより、父は活動家で、母が稼ぎ頭だったから、数年、朝食はトーストとインスタントのスープという時期が続いた。
そんな中、ある日、何を思ったのか、母が、きちんとイリコで出汁を取り、九州の麦味噌で調えた味噌汁の朝食を出してきた。
これが旨かった。
私はその時、小学校の低学年だったと思うが、なぜか、母に、
「ありがとう」
と言った。
心から言った。
私は当時、学校との戦争で心が荒みきっていた。
その心に染み込むような一杯だった。
で、なぜか、母に、
「ありがとう」
と言ったのだった。
以来、家の朝食は和食になった。
さて、何年前になったか、浅川座長の母君の入ったグループホームでは朝食が洋食で、どうしても和食をとの母君の要望には応えかねるとて、インスタントの味噌汁を提案された。
人一倍食に気を遣ってくれた母親にそれはあんまりだと、浅川座長は言い、それでは、と私が提案したのが、
「味噌玉」
である。
どこにでも売っている「削り節粉」、有り体に言えば「魚粉」である。
これを市販の味噌に混ぜ込む。
同時に乾燥カットワカメも。
具入り出汁入り味噌の完成である。
これを一食分、大さじ一ほどの団子に丸め、ラップして冷蔵しておく。
食べる直前に熱湯で溶く。
これが激ウマの味噌汁になる。
浅川座長の母君はたいそう喜ばれ、
「娘の作った味噌汁は美味しいの」
と、折にふれ、おっしゃっていたという。
私は、実の母にはろくな孝行も出来なかったが、これでまあ、いいかな、と思った。
母君が亡くなったとき、北海道でのお別れの会で、私の作詞した、
『日本レクイエム』
を浅川座長が歌い、嫋々たるヴァイオリンの余韻が北の空に消えていったと聞いたとき、私は母のことを思った。
息子の「ありがとう」に味噌汁を作り続けた母の思い。
アル中で、統合失調症で、コミュ障で、世間から見ればどうしようもない母だったが、あの母もやはり母親だったのだ、と。
我が家では、夕食に、がっつりと具沢山の味噌汁を出す。
息子は嫌がるが、とにかく食え、と。
これが明日の体を作るのだから、と。
もちろん、思い出という名の、心も。
この味噌、この時期に北海道で仕込み、自宅で熟成させるというもので、賞味期限は熟成終了から九ヶ月と言うが、なんの、1年を過ぎた頃から抜群に旨くなる。
今ウチにあるのも1年以上賞味期限をすぎたものだ。
こんな旨いもの、なんで販売をやめるんだ、とは思わない。
仕方ない、のだよ。
味噌の消費量は絶対に減っている。
それは売り場を見れば分かる。
近所のコープでも、とうに仙台味噌はなくなり、気付けば八丁味噌は消え、出汁入りの得体の知れない味噌が幅をきかせている。
まあ、人のことは言えない。
うちとて、ヨーグルトメーカーを買ってからは、味噌は基本自家製。
以前は、仙台味噌、信州味噌、八丁味噌、白味噌、九州の麦味噌、等々と市販品を何種類も揃えていたのに、今では製品はコープの半自家製味噌だけになっていた。
手前味噌、と言う言葉があるように、味噌は自分の家で作ったものがいちばんだと思う。
私が子供の頃、両親は共働き、と言うより、父は活動家で、母が稼ぎ頭だったから、数年、朝食はトーストとインスタントのスープという時期が続いた。
そんな中、ある日、何を思ったのか、母が、きちんとイリコで出汁を取り、九州の麦味噌で調えた味噌汁の朝食を出してきた。
これが旨かった。
私はその時、小学校の低学年だったと思うが、なぜか、母に、
「ありがとう」
と言った。
心から言った。
私は当時、学校との戦争で心が荒みきっていた。
その心に染み込むような一杯だった。
で、なぜか、母に、
「ありがとう」
と言ったのだった。
以来、家の朝食は和食になった。
さて、何年前になったか、浅川座長の母君の入ったグループホームでは朝食が洋食で、どうしても和食をとの母君の要望には応えかねるとて、インスタントの味噌汁を提案された。
人一倍食に気を遣ってくれた母親にそれはあんまりだと、浅川座長は言い、それでは、と私が提案したのが、
「味噌玉」
である。
どこにでも売っている「削り節粉」、有り体に言えば「魚粉」である。
これを市販の味噌に混ぜ込む。
同時に乾燥カットワカメも。
具入り出汁入り味噌の完成である。
これを一食分、大さじ一ほどの団子に丸め、ラップして冷蔵しておく。
食べる直前に熱湯で溶く。
これが激ウマの味噌汁になる。
浅川座長の母君はたいそう喜ばれ、
「娘の作った味噌汁は美味しいの」
と、折にふれ、おっしゃっていたという。
私は、実の母にはろくな孝行も出来なかったが、これでまあ、いいかな、と思った。
母君が亡くなったとき、北海道でのお別れの会で、私の作詞した、
『日本レクイエム』
を浅川座長が歌い、嫋々たるヴァイオリンの余韻が北の空に消えていったと聞いたとき、私は母のことを思った。
息子の「ありがとう」に味噌汁を作り続けた母の思い。
アル中で、統合失調症で、コミュ障で、世間から見ればどうしようもない母だったが、あの母もやはり母親だったのだ、と。
我が家では、夕食に、がっつりと具沢山の味噌汁を出す。
息子は嫌がるが、とにかく食え、と。
これが明日の体を作るのだから、と。
もちろん、思い出という名の、心も。
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