2018年05月26日
伊佐山紫文168
一昨日の営業で降って湧いた一人芝居の脚本の仕事、先ほど第一稿を脱稿したところ。
やっぱり一人芝居は難しいな、と思う。
で、その一昨日の営業というか打ち合わせが京都の大宮であったんだけど、ここは、実は三十年前、とあるスポンサーと最初の食事会を持った場所だった。
で、そのスポンサーの店が今もまだ、当時と変わることなく、駅前にたたずんでいる。
まるでタイムスリップしたかのよう。
ただ一つ違うのは、そこには私の作った小冊子がない。
三十年前、その店頭には私の作った小冊子が並んでいたのだった。
何号作ったのか、そのタイトルも忘れてしまったけれど、最初店頭に見たとき、得も言われぬ嬉しさがこみ上げてきたものだった。
その一方で、自分はこんなものを作って一生を終えるのか、という、悔しさとふがいなさも感じていた。
のし上がってやる、メジャーになってやる、と、若い私は心密かに誓った。
あれから三十年、再び京都の大宮に立ち、変わったもの、変わらないものを、心の中に数えてみる。
そして思う。
これからもし、また三十年生きたとしたら、八十五歳。
八十五の私が大宮の駅前に立ったとき、何を思うのだろうか。
その時とんでもない後悔をしないですむように、一つ一つの仕事を、一つずつ、丁寧に、誠実にこなしていこう。
もうすでに次の仕事が待っているんだし。
やっぱり一人芝居は難しいな、と思う。
で、その一昨日の営業というか打ち合わせが京都の大宮であったんだけど、ここは、実は三十年前、とあるスポンサーと最初の食事会を持った場所だった。
で、そのスポンサーの店が今もまだ、当時と変わることなく、駅前にたたずんでいる。
まるでタイムスリップしたかのよう。
ただ一つ違うのは、そこには私の作った小冊子がない。
三十年前、その店頭には私の作った小冊子が並んでいたのだった。
何号作ったのか、そのタイトルも忘れてしまったけれど、最初店頭に見たとき、得も言われぬ嬉しさがこみ上げてきたものだった。
その一方で、自分はこんなものを作って一生を終えるのか、という、悔しさとふがいなさも感じていた。
のし上がってやる、メジャーになってやる、と、若い私は心密かに誓った。
あれから三十年、再び京都の大宮に立ち、変わったもの、変わらないものを、心の中に数えてみる。
そして思う。
これからもし、また三十年生きたとしたら、八十五歳。
八十五の私が大宮の駅前に立ったとき、何を思うのだろうか。
その時とんでもない後悔をしないですむように、一つ一つの仕事を、一つずつ、丁寧に、誠実にこなしていこう。
もうすでに次の仕事が待っているんだし。
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