2018年11月18日
伊佐山紫文219
シューマンの物語を書きながら、ロマン派の「ロマン」について考えていた。
ヨーロッパの「ロマン」は古代ローマ帝国の首都「ローマ」にその淵源を発し、日本語の「ロマンティック」や「ロマンがある」の「ロマン」とは少し意味が違う。
ローマ帝国の言語は言うまでもなくラテン語で、ラテン語で描かれたものやギリシャ語の作品は「古典」とされ、ヨーロッパでは揺るぎない地位を占めている。
これに対し、中世にラテン語が崩れて口語と化した「ロマンス語」で書かれた作品は「ロマンス」と呼ばれ、大衆文学的な位置づけとなっている。
近代になり、合理主義や啓蒙主義の運動が起こると、その反動として、中世的な、世俗的で形式張らず、個人的な感性を前面に出した「ロマンティック」な文学作品が書かれるようになる。
音楽のロマン主義もその流れで捉えるべきで、シューマンが俗謡を交響曲に多く取り入れているのも、ロマンティック運動の一環として当然であろう。
ただ、近代の普遍的理性に対置するに個人的感性を置くならば、どうやって人々は感動を分かち合えるのだろう。
1+1=2はアナタとワタシで共有できる。
理性は普遍だからである。
だが、ロマン主義の言うワタシの感性と、アナタの感性は別物である。
だから、ワタシとアナタとで、感動するものが違って当然。
それでは、人々が感動を分かち合うためには、何が必要なのか。
いや、そもそも、なぜ、ワタシとアナタとで、感動を分かち合うことが出来なくなったのか。
ここでルソーならば「自然に帰れ」と(実際には言っていないが、その著作の内容から推して)言うだろうし、グリム兄弟ならば民衆の中に息づく「童話」の中にかつての感動の共同体を探すだろう。
また、革命的ロマン主義たる共産主義は「原始共産制」なるものをでっち上げ、物質の共有による感性の共同体(コミュニティ)の創造を目指すだろう。
日本でも島崎藤村はそうそうにロマン主義(『若菜集』)を捨てて自然主義(『破戒』)に移行するが、その芽は日本浪漫派として大輪の花を咲かせることになる。
結局のところ、ロマン主義は過去にあっただろう、感動のコミュニティ(共同体)の探求へと向かうわけで、これはどう考えても無理がある。
ロマン主義の政治的末裔がナチであったり、共産主義であったり、極端な国粋主義であったりするのも当然である。
感性で理性を押さえつけるのは、理性で感性を押さえつけるのと同様、無理なのである。
無理を通せば悲劇が起こる。
そのことにシューマンは、同時代の音楽家の誰よりも気づいていた。
ただ、気づいたとて、何が出来る?
気づいたこと、そのことこそ天才の証しだろうが、その天才の証しをいったい誰が理解するというのか。
シューマン自身が言うように、
「おそらく天才を理解できるのは天才のみであろう」(『音楽と音楽家』)
可哀想なシューマン。
一人の天才を襲った悲劇を、お笑いたっぷり、コッテコテの関西弁でお届けする
『クララ・シューマン 天才のヨメはん』
乞うご期待。
ヨーロッパの「ロマン」は古代ローマ帝国の首都「ローマ」にその淵源を発し、日本語の「ロマンティック」や「ロマンがある」の「ロマン」とは少し意味が違う。
ローマ帝国の言語は言うまでもなくラテン語で、ラテン語で描かれたものやギリシャ語の作品は「古典」とされ、ヨーロッパでは揺るぎない地位を占めている。
これに対し、中世にラテン語が崩れて口語と化した「ロマンス語」で書かれた作品は「ロマンス」と呼ばれ、大衆文学的な位置づけとなっている。
近代になり、合理主義や啓蒙主義の運動が起こると、その反動として、中世的な、世俗的で形式張らず、個人的な感性を前面に出した「ロマンティック」な文学作品が書かれるようになる。
音楽のロマン主義もその流れで捉えるべきで、シューマンが俗謡を交響曲に多く取り入れているのも、ロマンティック運動の一環として当然であろう。
ただ、近代の普遍的理性に対置するに個人的感性を置くならば、どうやって人々は感動を分かち合えるのだろう。
1+1=2はアナタとワタシで共有できる。
理性は普遍だからである。
だが、ロマン主義の言うワタシの感性と、アナタの感性は別物である。
だから、ワタシとアナタとで、感動するものが違って当然。
それでは、人々が感動を分かち合うためには、何が必要なのか。
いや、そもそも、なぜ、ワタシとアナタとで、感動を分かち合うことが出来なくなったのか。
ここでルソーならば「自然に帰れ」と(実際には言っていないが、その著作の内容から推して)言うだろうし、グリム兄弟ならば民衆の中に息づく「童話」の中にかつての感動の共同体を探すだろう。
また、革命的ロマン主義たる共産主義は「原始共産制」なるものをでっち上げ、物質の共有による感性の共同体(コミュニティ)の創造を目指すだろう。
日本でも島崎藤村はそうそうにロマン主義(『若菜集』)を捨てて自然主義(『破戒』)に移行するが、その芽は日本浪漫派として大輪の花を咲かせることになる。
結局のところ、ロマン主義は過去にあっただろう、感動のコミュニティ(共同体)の探求へと向かうわけで、これはどう考えても無理がある。
ロマン主義の政治的末裔がナチであったり、共産主義であったり、極端な国粋主義であったりするのも当然である。
感性で理性を押さえつけるのは、理性で感性を押さえつけるのと同様、無理なのである。
無理を通せば悲劇が起こる。
そのことにシューマンは、同時代の音楽家の誰よりも気づいていた。
ただ、気づいたとて、何が出来る?
気づいたこと、そのことこそ天才の証しだろうが、その天才の証しをいったい誰が理解するというのか。
シューマン自身が言うように、
「おそらく天才を理解できるのは天才のみであろう」(『音楽と音楽家』)
可哀想なシューマン。
一人の天才を襲った悲劇を、お笑いたっぷり、コッテコテの関西弁でお届けする
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