「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2019年03月10日

伊佐山紫文300

『チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来 上下』
ジョージ ダイソン 著 吉田 三知世訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫
 少し前なら「電脳世界」とでも呼ばれたような世の中になってしまった。
 その世界を築いた連中の血湧き肉躍る伝記というか、歴史書というか、日本人としてはかなり複雑な感慨を覚えずには読めない名著。
 客観性を担保するわけではないが、私は20世紀の偉人を一人あげろと言われれば、何の迷いもなくフォン・ノイマンをあげる。
 コンピュータと水爆を構想し製作し、DNAの存在や、今のこの世の中のあり方を予言して53歳で亡くなった、ハンガリー生まれの偉人である。
 チューリングも偉大だが、フォン・ノイマンには負ける。
 で、本書で不満なのは、この「デジタル世界」がまるで欧米人だけで築かれたかのような書きっぷりである。
 日本人の名前は1カ所しか出てこない。
 しかもそれはフォン・ノイマンの著作集を編む責任者の候補としてであって、であれば、それ以前にもっとその活躍が記述されてしかるべきではないのか。
 かく、日本人研究者は英語論文を読めるが、英語人研究者は日本語論文が読めないという典型的な偏りが出てしまっている。
 ともあれ、デジタル世界に関心のある人以外には、何のことやら、という本だろうが、読む価値のある名著である。
「クララ・シューマン 天才のヨメはん」
 の練習が熱気を帯びてきた。
 とにかく面白い。
 出演者がそれぞれ考えてきた自分のキャラが立ちまくってる。
 私も演出として何も言うことなく、ただ「面白い」と笑ってるだけ。
 出演者も、演じている中で「そうか、そういうことか」と納得する場面もあって、そうなると、もはや笑うしかなく、演技は中断してしまうのだけれど、それもまた一興。
「ここは、こうしたほうが」という出演者からの提案も随所であり、全くもっともで、一体どこまでこの笑いがブラッシュアップされていくんだと、恐ろしくなるほど。
 関西人はここまでお笑いを追求する訳ですね。
 みなさんの引き出しの数に、もはや畏怖です。
 凄すぎます。
 これは、笑いの質と量でも、吉本や松竹に絶対負けてません。
 しかもクラシックの本物の歌があり、決して下品に堕ちてない。
 本当に、新ジャンルエンタテインメントの誕生です。

2019年03月10日

伊佐山紫文299

昔、コピーライターというものに憧れた時期があった。
 横文字も格好いいし、何より楽そうだった。
 で、ひょんなことから広告の世界に飛び込んだのだが、聞くと見るでは、と言うか、イメージと実際では大違い。
 30年以上前、コピーライターとして、ある大会社の社内報を作っていた。
 これが結構大変で、と言うのも、チェックが一回で済まない。
 課長がOKを出しても、その上の部長が訂正したりする。
 その訂正をまた課長に持って行かねばならない。
 そこで下っ端の三下も口を出したりする。
 これがすべての記事で起きる。
 どれだけ誠実に対応していても、限界ってものがある。
 当時はまだパソコンもそれほど普及はしておらず、手書きの原稿を写植に出して、それからデザイナーがレイアウトを整えるという手順を踏む。
 原稿の段階でチェックをして、これが決定稿となればそれで良いのだが、そうは問屋が卸さない。
 スポンサーは汚い手書きの原稿など読まない。
 きちんと写植しレイアウトされたものでなければ出せない。
 ここで訂正が入ると地獄が待っている。
 と言うか、必ず訂正が入る。
 それも、まとめて入るならまだしも、課長が、部長が、三下が、とバラバラに入ってくる。
 部長の訂正を三下がさらに訂正したりする。
 それをまた部長に持って行き、最終確認。
 そしてまた三下。
 最終稿になるまで、私たちは原稿を持って右往左往しなければならない。
 そんなこんなで、やっと決定稿になっても、スケジュールは押しに押している。
 スポンサーは金曜の夜に、平気で、
「じゃ、上がりは週明けでね」
 などと言うが、その意味するところは、私たちの週末を潰すと言うことなのだ。
 もちろん、私たちは訂正箇所をデザイナーに伝えるだけなのだが、もう二度とミスは出来ないので、デザイナーに付き添ってチェックしながらの徹夜の週末を過ごすことになる。
 こんなことにならないように、最初からスケジュールは厳密に管理しているのだが、それでも、スポンサーの意向(気まぐれや思いつき)は絶対である。
 で、当時、写植の仕事にはペルーから来た日系人たちが多く携わっていた。
 ペルー人たちはもちろん、日本語が母語ではないから、急がせば急がすほど、色々とおかしなことが起きてくる。
 とくに鉛の写植は文字が逆さまになっているから、「さ」と「ち」は要注意で、ここを間違えるととんでもないことが起きてしまう。
 で、起きてしまった。
 何重にもチェックを繰り返していたはずなのに。
 徹夜続きの日系人の脳には「さ」も「ち」も同じだったのだろう。
 それは、その会社初の女性管理職のインタビュー記事だった。
 見出しのミスほど気づきにくいと言うが、まさにその通りで、本来なら、
「朝晩、犬のさんぽを欠かしません」
 となるところ、
「朝晩、犬のちんぽを欠かしません」
 いったい、どんな女性管理職なんだよ?
 これを数千部刷ってしまったのである!
 さあ大変だ。
 もう、関わったもの総出で、「ち」をカッターで削り取り、ワープロで印刷した「さ」の文字を貼っていく。
 徹夜の徹夜の、そのまた徹夜。
 もう大概、勘弁してくれよ。
 ゲロ吐きながらの大仕事で、しかも抱えている仕事はこれだけではない。
 そっちのスポンサーとも連絡とりながら、新商品のネーミングである。
 携帯もメールもない時代である。
 それで、徹夜の作業が終わってからは各部署にお詫びの挨拶をして回る。
「気をつけてくれよ」
 とか、
「プロなんだから、しっかりしよろ」
 などと叱られながら。
 どこがクリエイティブなんだよ、コピーライターなんて、とつくづく思った。
 浅川座長と作業中にテレビで糸井重里の顔を見たものだから、ちょっと思い出を書いてみた。
2019年03月10日

伊佐山紫文298

『第二次世界大戦の起源』
A・J・P・テイラー著 吉田輝夫訳 
講談社学術文庫
 第二次世界大戦は、邪悪なヒトラーが引き起こした侵略戦争である。
 という通説をひっくり返した名著。
 ヒトラーは確かに邪悪な人間ではあったが、それ以上に、英仏の指導者は愚かだったし、特にポーランドは身の程知らずの尊大さに陥っていた。
 とにかく、第一次世界大戦後の国境の線引きが色んな意味で間違っていた。
 領土として割譲されても、そこにはドイツ人がいるわけで、今日からフランスと言われても、住民には到底納得出来まい。
 そういう、当時のドイツ領土の外からナチの嵐は吹き荒れて来たのであって、ヒトラーはそれをなだめるのに苦心していた。
 しかも、ナチの幹部は豪奢な生活に溺れ、戦争を起こす気などさらさらなかった。
 ドイツを含め、英仏の誰一人、戦争を望んでなどいなかったのだ。
 じゃあなぜ、戦争は起きたのか。
 ここに、現在なぜEUがあるのか、その理由が見えてくる。
 結局はドイツという化け物を押さえ込む仕組みなのだ。
 皆、EUがドイツ第四帝国に他ならないことは承知していて、それでもこの枠組みを維持していれば戦争は起きないからと、しかたなく納得しているのだ。
 EUが崩壊し、民族国家という枠組みが復活すれば、ドイツを起点に戦争は必ず起こる。
 そのことを本書はしっかりと教えてくれる。
 背景知識がなければ決して読みやすい本ではないが、訳者解説を含め、今こそ読み返すべき一冊であろう。
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2019年03月10日

伊佐山紫文297

自転車を買い換えた。
「あさひ」と「イオンサイクル」の間数キロを歩いて往復しながら、ああでもないこうでもないと思案したあげく、一番安いものを買った。
 さっき少しだけ遠乗りしてきたが、信じられないくらいペダルが軽い。
 前までのは一体何だったんだ?
 高級車でも古いというのは致命傷なんだな。
 ほとんど毎年のようにワンコイン整備して、それでもペダルは軽くならなかった。
 やっぱり、何かが、整備しても整備してもどうしようもない何かがあったんだろう。
 それでも、自転車屋の店員さんが言うには、
「昔の自転車とはものが違います。今の自転車は軽いけど長持ちはしません。素材が違いますから、昔のと同じ耐久性を求めるのは酷です」
 それはそうかも知れない。
 まだ中学生だった頃、近所にハリケーン号を乗りこなす爺さんがいた。
 ハリケーン号とは、それこそ数百メートル先からやって来ることが分かる、大迷惑な騒音自転車である。
 ガッチャガッチャ、ギッチャギッチャ、ガッチャ、ギッチャ……
 と、遙か遠くから音がして、私たちの傍らを過ぎ、また、
 ガッチャガッチャ、ギッチャギッチャ、ガッチャ、ギッチャ……
 と音を立てながら去って行く。
 騒音の割にのろくさい。
 戦争中に買ったのだという話だったから、30年以上乗り続けていたことになる。
 物持ちが良いのか、何なのか。
 今の自転車を30年乗り続けるとハリケーン号になってしまうってことだろうか。
 その前にこっちが乗れなくなるか。
 考えればハリケーン号の爺さんも80超えてたかもしれない。
 ちょうどよかったのかもね。
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2019年03月10日

伊佐山紫文296

二胡の鳴尾牧子さんのリサイタルに行ってきた。
 もう「お見逸れしました」としか言いようのない、素晴らしいものだった。
 まあ、それはそれ。
 駅から家まで、トボトボと歩いて帰った。
 自転車、盗まれたんです。
 細かいことは書けないけれど、20年くらい前に買った、最高級のママチャリでした。
 今では作れないようなオールアルミの、見かけはママチャリでも中身は最高級の自転車です。
 こんなのを買えた時代もあった。
 自転車ではなく、素材を盗む奴らにとって、鍵をかけていようが関係ない。
 深夜、トラックにガシャッと積み込めば終わりです。
 数百円の駐輪代を渋った結果がこれですか。
 ああ、情けない。
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2019年03月10日

伊佐山紫文295

『永遠なれ日田県!―底霧のまち演劇祭脚本集』 諌山陽太郎著 鳥影社
 とにかくボツっても書き続けるのが物書きの宿命である。
 特に脚本というのは、舞台にしろ映画にしろ、関わる人間が多くなればなるほど、ボツるリスクは高くなる。
 税金で始まった仕事は特に、権力者の一声で終わってしまうこともある。
 それに異を唱えれば唱えるほど、奇矯な人物扱いされ、二度とそこから仕事は来ない。
 とにかくこの世はそういうものなので、それを変えようと足掻いても空しいだけだ。
 と気づくのに数十年かかり、やっとこの世と折り合いがついてきたかなと思っても、やはりこの世はこの世でしかなく、ほのかな希望や望みを徹底的に打ち砕いてくれる。
 30年前、角川映画の周辺にいた頃は、映画など脚本さえあれば自動的に出来ていくものだと思っていた。
 各分野の専門家がゾロゾロいて、黙っていてもサクサクと仕事が進んでいく。
 クランクインしたと思ったら、あっという間にクランクアップ、プレスリリース、パーティ、上映。
 売れる売れないは関係ない。
 時代はバブルだ。
 金は、使うことに意味がある。
 そんな時代だ。
 まあもちろん、そんな時代が長く続くわけもなく、長い長い不況へと日本は突入していくわけで、それでも物書きは物書きとして生きていくしかないわけですわ。
 で、諸般の事情でボツになった脚本を舞台用に書き直して編んだのがこの本。
 架空の演劇祭をでっち上げ、その脚本集と銘打った。
 まさにワーグナーのバイロイトの猿真似である。
 前夜祭は、
『末の世のうた』
 今様『梁塵秘抄』を歌詞にした時代ミュージカルである。
 仏教的無常観をベースに、それでも、初夜のカタルシスがあるような芝居。
 第一夜は二本立て、
『岩田屋前に午後7時』
 日田に百貨店「岩田屋」があった80年代に女子高生がタイムスリップする。
 昭和歌謡を背景に世相が描かれる。
『あに・いもうと 淡窓青春譜』
 大教育者だった広瀬淡窓の青春時代と、それを支えた妹秋子(ときこ)の生涯。
 泣いてください。
 第二夜はガラッと趣を変えて、戦前の内モンゴルへ。
『判官の剣』
 今でも週刊『モーニング』の連載「ハーン 草と鉄と羊」(瀬下猛)で描かれているように、源義経が大陸に渡ってジンギス・ハンになったという物語は絶えることはない。
 それを利用した関東軍と、モンゴル独立派の過去が今の家族にいきなり侵入してくる。
 面白いと思うんだが……
 最終夜は、これこそ本当に日田のパトリアで上演したかった、
『永遠なれ日田県!』
 明治元年、日田は県だった。
 まだ咸宜園の熱も残り、日本初の児童養護施設「養育館」設立に向けて熱い男たちが立ち上がる。
 そして後半、戦乱の中、親子の数奇な再会があり、政治の論理は個の思いを押しつぶす……
 二年かけて書いたこの歴史大作が、市長という権力者の一言でお蔵入りになるわけで。
 こうやって、架空の演劇祭を上演するのが、物書きに出来る精一杯の抵抗ですわ。
2019年03月10日

伊佐山紫文294

『天涯の子ら』 諌山陽太郎著 鳥影社
 しみじみと読み返して、なんて若かったんだと反省する部分もあり、それでもあの時にしか書けなかった文章を嘗めるように味わっている。
 当初、物語の舞台の一つである大分県日田地方の方言を忠実に保存するという意図もあって、主人公由美の実家(日田の豆田町という設定)の両親や親戚の言葉は本物の日田弁で書かれていた。
 由美の連れ合いであり、複雑な家族背景を持つ真一は阪神間の言葉を話す。
 二人が出会うのは関西学院大学という設定である。
 だから、会話には標準語のひとかけらも出てこない。
 ここに編集者は懸念を示した。
 公平を期して言っておくが、この編集者は関西出身である。
 だからこそ、これでは全国の読者を獲得できないと、本人の経験から苦言を呈してくれたのである。
 ここで突っぱねるほど若くはなかったので、出来る限り訂正した。
 主人公とその不倫相手との濡れた会話は全面的に標準語に改めた。
 エロさが半分になってしまったが、仕方ない。
 ところが次の段階で問題になったのが、主人公の母親が朝鮮半島の出自であること、そして、その連れ合いの真一の母親が被差別部落出身であること。
 しかも障害者の腹違いの姉が出てきて、それを「カタワ」と蔑むアル中の母親……
 どこを切ってもタブーに触れる内容で、結局はお蔵入りになりかけた。
 大手の出版社なんてそんなものだ。
 今読んでも当時のタブーの展覧会みたいな小説で、私が編集者だとしても二の足を踏む。
 だからこそ書きたかったんだし、上梓に向けて努力もした。
 結局は初版だけで絶版になってしまったが、古書としては結構な値がついている。
 かと言って、これはまだ私がまだ左翼の殻を尻につけた時代の作品で、増刷しようとかは全く思わないが、ここで紹介したことで、古書の数冊が売れた。
 買ってくれた皆さん、有り難うございます。
 これを励みに頑張ります。
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プロフィール
notebook
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

< 2019年03>
S M T W T F S
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