「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2019年09月20日

伊佐山紫文393

息子が小六になり、もうすぐ中学、同じ頃の我が身を振り返れば、なんとまあ、奇矯な歩みであったことよ。
 1972年、私が10歳の頃だから、小五の時に日中国交正常化で、マスコミは文革の中国礼賛一色だった。
 それでも、なんで、そこで中国にハマるのか。
 それが奇矯な子の奇矯たる所以であり、まあ、仕方ない。
 小五にして、日中友好協会を通じて『毛沢東語録』を取り寄せ、緑の公人帽を被り、紅衛兵を気取っていた。
 もう、アホ丸出しとしか言い様がない。
 それに引きくらべ、我が子の健全なこと、逆に驚嘆する。
 宿題はちゃんとやるし、順法精神というか、規範意識の高さがどこから来るのか、カントではないが、星空を見上げ「Der bestirnte Himmel über mir, und das moralische Gesetz in mir」(我が天空の輝き、そして内面の道徳律『実践理性批判』)と賛嘆したくなる。
 もちろん、カントはダーウィンを知るよしも無かったから、道徳の進化的な起源へと思索を深めることは出来なかったし、なにより、この内面的道徳律への賛嘆は神への信仰に直接繋がっていた。
 道徳律の起源を知ることは出来ない。
 だから、神を信じるしかないのだ、と。
 先日、息子が、自転車で二人乗りをしている若いカップルを見て、
「二人乗りって犯罪でしょ。なんであんなことをするんだろ」
「さあね、なんでだと思う?」
「ロマンス、かなぁ」
 おお!
 まさにそう。
 世の掟や内なる道徳律に逆らうことからロマンスは生まれる。
 いろいろ分かってんじゃん。
 お父さんにとってのロマンスは中国だったからね。
 毛沢東と二人乗りしてたようなもん。
 ああ、恥ずかし。
2019年09月20日

伊佐山紫文392

関西に来たばかりの頃、様々な受け答えに戸惑うことばかりだった。
 駅の売店で、
「120分テープありますか?」
 と聞けば、
「売るほどありまっせ」
 どう答えて良いのか分からない。
 八百屋のおっちゃんが、おつりを渡してくれながら、
「300万円」
 子どもじゃあるまいし、どう返して良いのやら。
 あと、女子の猥談、と言うか、あっけらかんとした下ネタ。
 何もかもが初めてで、ああ、自分は関西にいるんだ、と、しみじみ思ったものだった。
 あれから30年。
 KADOKAWAのデスクを務め、フリーになってからは連載も持ち、憧れだった大阪の創元社から処女作を上梓したのが、関西に来て4年目、28歳の頃。
 30代になり、これまた学生時代からの夢だった東京の勁草書房から立て続けに2冊、出版した。
 どれも売れなかったけど。
 舞台の方は、仕事が入ってくれば仕方なく、という感じで、最初のうちは演出もしたが、本物の演出家を見て怖じ気づいてしまい、台本提供だけするようになった。
 考えたら、その演出家の持っていた劇団は結構歴史があって、あちこちの仕事先に関係者がいるのだった。
 ただ、歴史があるというのはくせ者で、あるとき、その劇団の話題が出て、芝居関係の知人は、
「長くやってりゃ良いってもんでもない。連中、全然ステップアップしてない」
 確かに。
 ただ、今思えば、関西の劇団にとってのステップアップって、基本、東京進出だから、それも善し悪しだと思う。
 関西にきちんと根ざすというのも大事なんじゃなかろうか。
 などと、部屋を片付けていたらいろんなものが出てきて、ちょっと感傷的になった。
 ただの二日酔い?
 かもね。
プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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