「夙川座」やってます!

オリジナル脚本のオペレッタや、朗読とのコラボ、ポピュラーヴォーカルとのコラボなど、様々な場所、お客様に合わせたコンサート、舞台を企画しています!! 夙川、苦楽園がベースです。 どうぞよろしくおねがいいたします。
2017年08月17日

伊佐山紫文29

『カンディード』ヴォルテール作 斉藤悦則訳 光文社古典新訳文庫
 こういう荒唐無稽でいかにもフランス的な奇書は古い訳で読んでてはダメだと改めて納得。
「オプティミズム(最善主義)」への反論として紹介されることの多い本書だが、それより何より、主人公を巻きこむ数々のバカバカしい不幸に目が離せず、それにまた、輪姦され腹を割かれて死んだはずの恋人が生きていたり、自分が殺した男が生き返っていたり、ご都合主義のオンパレードにもうんざりさせぬ、極上の筋運びに感嘆させられる。
 これはよく「哲学コント」などと言われるが、哲学はギミックで、著者は単なる軽いスラップスティックを書きたかったのではないかと、軽快な新訳を読みながら思った。
「とにかく、ぼくたち、自分の畑を耕さなきゃ」
 最後の一文は胸に来る。
 そうだよ、その通り。
「自分の畑」と呼べるようなものを持てただけでも幸いじゃないか。
 耕すよ、早速。
「オプティミズム(最善主義)」への辛辣な皮肉を通して、人を「オプティミズム(楽観主義)」へと導く名作です。
 ちなみにリリアン・ヘルマン台本、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル(オペレッタ?)『キャンディード』はこれを原作にしている。
 こっちの出来映えは「?」。
 
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2017年08月17日

伊佐山紫文28

 確か私が小学校3年生の頃まで、うちの家には人力車があった。
 人力車の車庫もあり、出戻って来た伯母がふざけて私を乗せて庭を走ったりした。
 揺れに揺れて、こんな乗り心地の悪い乗り物があるのかと思った。
 その人力車は家に4台あったうちの一つで、医者だった祖父が往診に使っていたものだった。
 戦後の困窮の中、これだけは想い出に残していた。
 それが、ある日、学校から帰ってくると、なくなっていた。
 久留米の博物館に売ったのだという。
 家ではもう、メンテナンスが出来なくなっていたのだった。
 何か一つ、過去から続く大事なものがなくなったような気がして、泣けた。
 祖父は父が3歳の頃に亡くなっていたから、もちろん会ったことはない。
 ないけれども、医院だった母屋にのこる試験管やビーカーや様々な医療機器、膨大な文献、そしてこの人力車にその面影を残していた。
 祖母は、祖父がどれほど偉大だったか、そして家がどれほど由緒ある家だったか、それが敗戦とGHQの非道で没落し今にいたったか、繰り返し、繰り返し語り、貴方だけがこの家の希望だと泣きつかんばかりで、私はついに話に倦んで寄りつかなくなっていた。
 戦前に車夫をしていたMさんはうちが没落した後も機会あるごとに訪ねて来ては、祖母の繰り言の相手をしてくれていた。
 奥さんは愉快な人で、正月の餅つきの時には一人はしゃいで、民謡のような歌を歌い、みんなはそれをはやして大笑いするのだった。
 それが山菜採りに山に入って遭難し、若くして亡くなった。
 それからMさんはたまにうちの縁側に腰掛けて、人力車の車庫のあたりを眺めて過ごすようになった。
 戦前にあったあと3台の人力車は、それぞれ、祖母と伯母二人が使っていた。
 女学校の同級生達と川辺に人力車を並べ、着飾って眺める桜は、それはそれは美しかったと伯母は遠い目をして言う。
「あの頃はなんもかんも美しかった。あの頃がいちばん良かった」
 私は混ぜっ返して言う。
「便所はどうやった」
「ああ、もう、それを考えたら、今の方が絶対に良かバイ。あの頃の汚ねえこつ。水道も無えつきね。雨が降ると、すぐに川はあふれて、便所と井戸がつながって、赤痢、疫痢。ああもう、今が良い、いちばん良い」
 だと思う。
 それでも、失われたものどもを思い、取り返せない時、有り得たかも知れないもう一つの今に思いを馳せる。
 私にとって夏は、そんな季節である。
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2017年08月17日

伊佐山紫文27

 お盆の8月15日、日田の豆田では、町内を流れる城内川で精霊流しが行われる。
 うちでは蓮根畑からとってきた蓮根の葉にお供え物を積み、仏壇の火を移したロウソクを立てて、お鈴(りん)や平鐘を打ち鳴らしながら静々と川に向かい、そっと水面に浮かべる。
 まるで西方浄土に向かう魂のように、ロウソクの火は西へ揺れながら流れていく。
 昔は賑やかで、上流からお鈴の音がしてくると、今か今か、と出る時期を家族で思案し合ったものだった。
「もうそろそろバイ」
「いやあんまり早いと追い出すごつある」
「遅すぎると寂しかろ」
 と言った具合で、結局はお鈴の音の賑やかななか、精霊流しの群れに入って行く。
 城内川の川幅は数メートルしかないのだが、多くのロウソクの火を映した水面は華やかで、浴衣を着た娘さんたちの乱れ打つお鈴の音も賑やかに、豆田のお盆の夜は更けていく。
 あれはもはや夢の景色か。
 10数年前には、精霊流しをするのはうちだけになってしまっていた。
 そのころは、このままでは豆田の精霊流しが絶えてしまう、と妙な危機感を持ってお盆には必ず帰省していた。
 そのうちパラパラと復活する家も増えてきて、今では数件が流しているという。
 今年も私は帰省せず、精霊流しをやったかどうかは知らない。
 さだまさし(というかグレープ)の「精霊流し」が流行ったとき、曲のイメージと長崎の爆竹炸裂の精霊流しの実際とが懸け離れすぎという批判を聞いたものだが、私たちにとっての精霊流しはあの歌の通り、粛々と静々と行われるものだった。
 当時、父親の営む喫茶店にも「精霊流し」のシングル盤があり、クラシックやジャズしか聴かないはずの父がなぜ、といぶかしんだこともある。
 まさか、シングル盤の回転数を間違えて再生し、バリトン歌手の歌として聴いていたのではないとは思うが。
 その父も11年前に他界して、精霊として送られる側になった。
 6月の、ホタルの出始める時期に亡くなったため、友人や父を慕うファンらは「蛍忌」として命日に集まり、墓を掃除して酒を酌み交わしているそうだ。
 今もやっているかどうかは知らない。
 父も生きていれば87歳。
 みんな年をとった。
 父の葬儀の時に詠んだ歌を張り付けておく。

 古里の木犀匂う川野辺に 君も還りぬ精霊となりて
 
 これはもちろん、戦前の朝鮮の詩人金素月の「母さん姉さん」を下敷きにしている。
 試訳を張り付ける(もともと陰陽五行説の韻を踏んでおり、正確な訳は不可能)。

 母さん姉さん川辺に住もう
 庭にはキラキラ輝く砂が
 裏ではサラサラ木擦れの音が
 母さん姉さん川辺に住もう

 もう何十年も前、韓国ソウルの南山に登ったとき、公園のスピーカーから金素月のこの歌が大音量で響き渡り、私は落涙を堪えて立ち尽くした。
 それは、幼くして父親を亡くし、母さん姉さんたちとつましく川辺に暮らした幼い父のことが思い起こされたからだった。
 金素月も父と同じ、若くして認められ、そして破滅した。
 父は破滅も出来ぬまま、川辺の家で母親を看取り、同じ家で姉たちに送られた。
 金素月の絶唱はスミ・ジョー(曺秀美)の美声で聴くことが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=N4DhXg_1bpU&feature=related
 
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プロフィール
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学生の頃から、ホールや福祉施設、商業施設などに呼ばれる形で歌ってきましたが、やはり自分たちの企画で自分たちの音楽をやりたいという思いが強くなり、劇作家・作詞家の伊佐山紫文氏を座付作家として私(浅川)が座長となり、「夙川座」を立ち上げました。

私たちの音楽の特徴は、クラシックの名曲を私たちオリジナルの日本語歌詞で歌うという点にあります。

イタリア語やドイツ語、フランス語などの原語の詩の美しさを楽しみ、原語だからこそ味わえる発声の素晴らしさを聴くことも良いのですが、その一方で、歌で最も大切なのは、歌詞が理解できる、共感できる、心に届くということもあります。

クラシック歌曲の美しい旋律に今のわたしたち、日本人に合った歌詞をつけて歌う、聴くことも素敵ではないかと思います。

オリジナル歌詞の歌は50曲を超え、自主制作のCDも十数枚になりました。

2014年暮れには、梅田グランフロント大阪にある「URGE」さんで、なかまとオリジナル歌詞による夢幻オペラ「幻 二人の光源氏」を公演いたしました。

これらの活動から、冗談のように「夙川座」立ち上げへと向かいました。

夙川は私(浅川)が関西に来て以来、10年住み続けている愛着のある土地だからです。
地元の方々に愛され、また、夙川から日本全国に向けて、オリジナル歌詞によるクラシック歌謡の楽しい世界を広げていきたいという思いを込めています。

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